The Zodiac Brave Story
第一章 持たざる者

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37.ベオルブ来る


 ガリオンヌ南西部に位置する小都市、ウィングシェールに北天騎士団の一隊が到着したのは、ミルウーダ率いる骸旅団の残党軍が出撃した日のまさに前日のことであった。
 ──その数、二百騎あまり。
 隊を率いるのはゴルカスという者で、彼の直属部隊は騎士団の中では斥候の精鋭として名を馳せており、情報戦のみならず、通常戦力としても大いにその実力を頼みとされている者たちである。
 ここ一月以上に渡って、ゴルカスは現地治安維持部隊との連絡を密に取りながら、ウィングシェール周辺に潜む骸旅団残党軍の動静を監視し続けていた。
 その気になれば直ちに討伐隊を派することもできたに違いないが、残党軍を率いるミルウーダという人物が、骸旅団の首領・ウィーグラフの実妹であるという確かな情報を掴んでいたため、敢えて泳がせておき、その他の主要メンバーを彼女のもとに引きつけてからまとめて殲滅せんとの意図のもと、これまで静観されてきたものである。
 案の定、ミルウーダの元には幾つかの小党が集まってきており、その中には古株のメンバーらしき人物も確認されていた。
「今が狩り時かと思われます」
 一週間ほど前、ゴルカスは総帥ザルバッグ・ベオルブにそう告げた。折しも、ゼクラス砂漠にてランベリー領主・エルムドア侯爵が無事救出されたとの報せが、イグーロスにもたらされていた時である。
「エルムドア侯誘拐の実行犯、ギュスタヴの一党は壊滅し、今骸旅団は内部より崩壊しつつあります。この期に他の有力者を叩き、ウィーグラフをさらに孤立させることが肝要かと存じます」
「いかにも」
 ザルバッグも、意するところ同じであったらしい。しかし、彼はその場で直ちに討伐に向かえとの命は下さなかった。
「ちと仔細あってな。出撃は今しばらく待ってくれ」
「……は。それはまた、どういったことで?」
「つい先程、執政官殿(ダイスダーグ)より、この件は自分に預けて欲しいとのお達しがあってな」
「執政官殿がですか」
「うむ。そういうわけだから、近々、執政官殿より何らかの命があろう。それまで、しばし待て」
「……承知いたしました」
 執政官からの直接指示で動くという状況は、斥候部隊である以上、まったく無いということもない。が、そういう時は大概、隠密工作的な任務であることが多いので、この度のような掃討任務において、彼の指示を仰ぐというのは、少し釈然としない。
 とはいえ、いちいち軍の総帥に命令の真意を問うなどというのは、軍人の作法に反する。
 よく心得たる騎士ゴルカスは、それ以上疑問を差し挟むことなく、ダイスダーグから別命のある時まで、イグーロスで待機することとした。
 ──此度の骸旅団残党勢力掃討作戦に際し、ラムザ・ベオルブ以下ガリランド王立士官学校(アカデミー)所属の見習い騎士十四名を同行させよ。
 ゴルカスのもとにこの特命が下ったのは、それから数日後のことであった。


「──というわけで、領境守備隊のアルマルク殿の機転により、商隊に扮したミルウーダ一党の尻尾を掴むことが出来たのです」
 イグーロスを立ち、ウィングシェールへと向かう途上、ゴルカスは轡(くつわ)を並べた年若い騎士に、これまで自身が請け負ってきたミルウーダ一党への対応の経緯を説明した。
 まだあどけなさの残る横顔は、彼の話に真摯に耳を傾けながら、逐一頷き、また色々と質問を返してきた。
「ではこれまで、特に目立った動きは見られなかったのですね?」
「はい。あちこち、歩哨を走らせてはいたようですが」
「……彼女の目的は何でしょう?」
「多く見積もっても百を少し超える程度の勢力です。他の勢力と合流しない限り、下手に動くこともできないはず。今はひたすら、その機を待っているものと思われます」
「……なるほど。しかし、私の知るミルウーダという人物は、少ない兵でも決死の戦いを挑む勇を持った戦士です。予期せぬ反撃に出ないとも限りません」
「…………」
 この年若い見習い騎士──現イグーロス執政官並びに北天騎士団総帥の実弟であり、今は亡き天騎士バルバネスの子息であるラムザ・ベオルブを共することが決まった時、ゴルカスは、まずあれこれと思案を巡らせた。
 彼が受けたのは、ただ「同行させよ」との命だけで、彼を護衛しろとか、はたまたその指示を仰げといったことは、一切言われていない。
 現地の治安維持部隊と併せれば、兵力は十分に足りているし、まさか見習い騎士を補強に寄越したということもあるまい。
 おそらく、余人には察せられぬ「御家の事情」があるのだろうが、実際に名門ベオルブ家の御曹司の「お守り」を押し付けられる身は、たまったものではない。もし万一のことがあれば、いつまでも自分の首と胴はつながっていないだろう──
 そんな現場指揮官の苦悩はありながらも、現実として、この貴き見習い騎士をどう扱って良いものか、ゴルカスはいまだ決めかねていた。
「──すみません」
 不意に謝罪の詞をいわれて、ゴルカスは思わずラムザの方へ目をやった。
「何を謝られますか?」
「いえ、立場も弁えず、あれやこれやとしつこく問い質してしまい、申し訳ないと」
「一軍の将たるお方が、戦を前に知るべきことを問うて何の不思議がありましょうや」
「……?」
 特に意識することなく、ラムザを"一軍の将"と呼んでしまっていたことに、ゴルカスはそう口にしてから気づいた。
「私は将ではありませんよ。この隊を率いるのはゴルカス殿です」
 ラムザが苦笑いを浮かべながら言った。
「いえ、他意はございません。他ならぬベオルブ家の御曹司。隊の者たちも、自ずからそのように見ておりましょう」
「それでは困るのです」
「……困る?」
「軍に二将はありえません。命を下すべきは誰か、従うべきは誰かを明確にしておかなければ、軍規は乱れます」
「…………」
「執政官殿の命とはいえ、とんだ厄介者を寄越されたとお思いでしょう」
「まさかそんな、厄介者などと……」
「ご迷惑をお掛けしていることは承知しています。しかし、我らも未熟者ながら、任務完遂のため、力を尽くすつもりです。どうぞ、いかようにもお使いください」
「…………」
「出過ぎた真似をいたしました。すぐに下がります。では」
 そう言って、ラムザは颯爽と隊列の後方に走り去って行った。その後姿を見送りながら、
(なんとも、不思議なお方だ)
 ゴルカスは、困惑顔にそう独りごちた。


 そうはいっても、いざウィングシェールの街に着いてみれば、そこはすでに「ベオルブ来る」の噂でもちきりだった。
 当初、噂を口伝する者たちの想像上にあったのは、ベオルブはベオルブでも、北天騎士団総帥ザルバッグ・ベオルブの方であったに違いない。が、どうやら到着した軍勢の中に彼の姿が無いことが分かってくると、今度は、実際そこに加わっていた"ベオルブの御曹司"の方へ注目が集まっていった。
 "北天騎士団総帥の実弟"、"天騎士バルバネスの秘蔵ッ子"、"エルムドア侯救出の立役者"──等々、言われ方は様々である。
「君も有名になったもんだな」
 街の外に設えられた兵営の一張の内で、ディリータが、そんな皮肉めいたことを言った。
 着到の儀をウィングシェール伯に報告してから、作戦会議の始まる夕刻までに、見習い騎士たちは、しばしの休息をとっていたところである。
 彼らの中には街に散策に出た者もおり、そこで仕入れたラムザに関する噂を、わざわざ土産話に持ってきたのである。
「何度も言うけど、僕たちはただの見習い騎士なんだからね」
 ラムザがこう正すと、
「君がそう思っても、周りはそう扱っちゃくれないさ」
「そうですよ!」
 見習い騎士のラッドが、ディリータに追従して言う。ラムザの噂話を持ってきたのは、ほかならぬこのラッドであった。
「ゴルカス殿の隊の人たちも、街の治安維持部隊の人たちも、皆心強く思っていますよ! ウィングシェール伯も、貴方のことはご存知だったのでしょう?」
「そうみたいだけど……」
 果たして、彼らの興味の対象が、ラムザという人間自体にあるのか、"ベオルブの御曹司"などという肩書の方にあるのか。それを考えると、ラムザの心は自然と曇った。
 はしなくも、砂ネズミの穴ぐらで、ウィーグラフから突き付けられた数多な詞が、脳裏に過った。
 ──我が妹の命を救ったのだとすれば、それは貴様の実力ではない! 貴様の"身分"だ!
 中でも、その一語が、彼の心に強く刺さっていた。
「僕はまだ、何も成し遂げちゃいないよ。みんながいてくれたのと、ちょっとばかり、運が良かっただけさ」
「…………」
 弱々しく笑う友の横顔を、ディリータは静かな眼で見つめていた。
「さあ、もうじき作戦会議が始まる。僕は行かなくちゃ」
 夕刻からの作戦会議に参加するのは、見習い騎士隊からは、隊長格のラムザだけである。
 彼は仲間たちを後に残し、兵営の中で一番大きいテントに向かって、足早に歩いて行った。


 会議の開始時刻までには、いま少し間があったが、そこにはすでに、ゴルカス隊の主だった面々が揃っていた。
「やあ、ラムザ殿。こちらへお座りください」
 下にも置かず、ゴルカスはラムザに自らの隣席を譲った。
 やや躊躇しながらも、ラムザは招かれるまま、そこに収まった。
 その他の面々も、興味津津といった様子で、やや場違いな風すらある若い騎士に、好奇の目を注いでいる。
 ラムザより少し遅れて、ウィングシェール治安維持部隊を率いるハンザという老騎士が加わってから、軍議は始められた。
 軍議の最中、ラムザはあえて前に出ることなく、聞き手に徹していた。立場をわきまえての遠慮もあるが、もとよりこの場に参加している者たちは、それぞれに経験を積んだ熟練の騎士であったし、一見習い騎士に過ぎないラムザにとっては、この上ない学習の場でもあったのである。
 そういったわけで、素人意見など差しはさむ余地もなく、気を遣ったゴルカスが、ラムザに意見を求めてきて、初めて彼は口を開く機会を得た。
「私も、大筋に異論はありません。ただ……」
「ただ?」
 すでに作戦の方針は決まっていて、体裁だけの意見伺いをしたのであろうゴルカスは、ちょっと意外な顔をした。
「いえ、少し気になったのが、ウィングシェールの街で、やたらとベオルブの名が騒がれていたことです」
「と……いいますと?」
 ラムザは、一つ小さく咳払いをしてから、先を続ける。
「知っての通り、骸旅団は去るレアノール野の戦いにおいて、我が兄ザルバッグにより、手痛い敗北を喫しています。また、イグーロス執政官ダイスダーグ──こちらも私の兄ですが──の掲げた方針により、捕らわれた骸旅団の兵たちには、情け容赦無い処断が下されています。以来、彼らの怒りの矛先はベオルブ家そのものへと向けられるようになり、その感情は、いよいよ強まってきているように思われます。──そこへきて、今度もベオルブ家の者が掃討作戦に参加していると知れば、彼らが積極的攻勢に出ないとも限りません」
 これは、ディリータが懸念していたことでもあった。今回のような掃討作戦においては、先手を打つことが大前提となる。もしベオルブの名に触発された敵勢力が、逆に先手を打って攻めてきた場合、思わぬ損害を被る恐れがある──と。
 出撃は、すでに明後日の早朝と決まったので、それよりも早くに敵の動きがあれば、すぐに察知できるよう、警戒を厳にすべしとの意見を、ラムザはこの場で述べたのである。
 結果として、彼の懸念が現実のものとなることは、ほんの数時間の後に明らかとなるのだが──
「なるほど。さすがはベオルブ家の御曹司」
 と、ゴルカスは通り一遍な賛辞を述べてから、
「ご懸念はもっともですが、何せ、一月以上に渡って、潜伏したまま動きもみせぬ敵。今さら打って出てくるとも思えません。それどころか、ベオルブの名を耳にし、かえって恐れをなして震えあがっているかもしれませんぞ」
 テントの中は、ハハハハ、と剛毅な笑い声に包まれる。ラムザもつられて笑みをこぼしながら、
「……それならば、よいのですが」
「心配召されるな。我がウィングシェール治安維持部隊の警邏隊が、敵の拠点周辺を絶えず哨戒しておりますれば」
 と、強気に言ったのは、治安維持部隊の長ハンザ。
「その通りです。何か動きがあれば、彼らがすぐに知らせに参りましょう」
「押しも押されぬベオルブ家のご子息。強気でおられなさい」
 ──すでに勝敗は決まっている戦。その点に、ラムザもほとんど疑いは抱いていない。
 ただ、かのマンダリアの砦で見たミルウーダという女剣士が、ベオルブの名に恐れをなすなどということは、到底考えられなかった。
 あの時以来、魔法都市ガリランドを襲ったギュスタヴ一派や、イグーロスで処刑されたレッドや、砂ネズミの穴ぐらで対峙したウィーグラフといった骸旅団の志士たちをこの目で見、あるいは言葉を交わしていく中で、骸旅団という一集団は、少なくとも単なる盗賊・匪賊の類ではなくなっていた。
 そして、彼らの剥き出しの敵意が、今や自らの家の名に向けられていることを思うと、かえって彼自身の方が、恐れをなさずにはいられないのであった。


 その夜は、ひとしきり通り雨の降った後は、雲一つない星空であった。
 出撃は明後日と伝えられ、兵営の内はどことなく弛緩した空気で満たされていた。
「心配ごとか?」
 声をかけられて、ラムザはそちらを振り返った。そこには、見慣れた友の顔がある。
 ラムザとディリータは、兵営の篝火からはやや離れた場所の、まだ少し湿っている芝の斜面に並んで腰を下ろした。
「……まあね。だって、こういう本格的な作戦は初めてじゃないか」
「それはそうだが、全然そんな感じはしないな」
「そりゃ、あんな大事に巻き込まれた後じゃね」
「まったくだな」
 ドーターから砂ネズミの穴ぐらにかけての一連の出来事を思い起こしながら、二人は笑みをこぼした。
「今回も、掃討作戦とはいえ、ほとんど戦らしい戦にはならないと思うがな」
「そうかな?」
「敵は孤立無援の残党軍、中心的勢力も壊滅した今、どこまで士気を保っているのやら。──それでもミルウーダは、攻勢に出ると?」
「何もせず捕まるような人ではないと思うよ。少なくとも、油断すべき相手じゃない」
「無論だ。万全を期すなら、明日には動き始めるべきだった」
「僕もそう思うよ。後続の増援部隊を待ってからというけど、そちらは街の守備に回して、僕たちは先行してもよかった」
「軍議ではそのことを?」
「……言わなかった」
「……そうか」
 ディリータは、ため息交じりに横眼でラムザの方を窺う。
「難しい立場なのは分かる。でもそういう時は、別に遠慮しなくてもいいと思うが?」
「遠慮……というか、ただ、言い出せなかったんだ」
「なるほどね。……まあ、君らしいや」
 ディリータは、立ち上がってから大きく伸びをし、僕はもう寝るよ、と言って兵営の方へ帰っていった。
 ラムザは、それからしばらくの間、満天の星空をぼうっと眺めていた。
 そうしていると、マンダリアの砦で捕虜になったあの日の夜、古砦の石柱に縛り付けられたまま見上げた星空が思い出された。
 運命は巡り、自分は再びミルウーダと相まみえようとしている。しかし、今度は明確な敵同士として。
 あの日から、彼女はどんな日々を生きてきたのか。どんな思いで、剣を取り続けているのか。
 ──君は、我らに希望を与えてくれた。
 ──われわれは、話し合える。
 蛇の口という村で、死地に向かう骸旅団の捕虜レッドが口にした詞。それはひょっとして、彼の"祈り"だったのかもしれない。
 そして今、ミルウーダと再び対峙した時。
 交わすべきは、剣か、言葉か。
 そんな迷いは、野営の床に就いてからも尚晴れず。
 ようやく、まどろみ始めた眠りは、しかし、騒々しいチョコボの蹄の音と、何やら喚き合う声にかき消された。
「ラムザ!」
 血相を変えたディリータがラムザのテントに駆け込んできたのと、彼が、がばっと身を起したのは、ほぼ同時だった。
「哨戒部隊が襲撃を受けたッ! 敵はすぐそこまで来ているぞ!」


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