The Zodiac Brave Story
第一章 持たざる者

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36.死の街



 雨上がりの集落は、夕闇の静寂(しじま)に沈もうとしていた。
 集落といっても、そこに住む人々の営みが失われてから、随分と時が経っている様子である。
 かつては、夕暮れ時に団欒の灯がともっていたのであろう家々の窓には、今や無造作に木の板が打ち付けられ、その板すらも、風雨に曝され半ば朽ち果てていた。古井戸の傍で立ち枯れになった樹木の枝には、奇妙に大きな体を黒々とした羽毛に包んだ怪鳥が一羽、不吉を抱かせる鳴き声を廃墟の石壁に響かせている。
 もはや、生ある者が足を踏み入れるのも憚られるほどに、その景色は”死”の気配に満ちていた。
 畏国各地にこうした”死の街”が増えだしたのは、十年前に大流行した”黒死病”の猛威によって、全人口の約三割が失われた時からである。特に湿潤な地方の被害は甚だしく、こうした小規模集落がまるごと全滅したなどという例も珍しくなかった。
 流行が収束してから復興を遂げた村もなくはなかったが、多くはこうしてうち捨てられたまま、いつしか刻まれる名もなき墓標のように忘れ去られていったのである。
 しかし、およそ生の気配の消え失せた場所にさえ、新たな住民はどこからともなくやってきて、廃墟の暗がりに息を潜めていた。人とも獣ともつかぬそうした魑魅魍魎にとって、”死の街”は、唯一の安息の地でもあった。
 そして、この集落にも、約一月ほど前から、宵闇に蠢く影がいくつか見られた。
 彼らは常に用心深く、日中は滅多に姿も現さないが、時折、彼らの仲間と思しき者が、足早に集落の外に駈け出して行ったかと思えば、数日してまた戻ってくるといった動きが見られるのだった。
 そして今夕も、薄汚れた外套を身に纏い、松明を手に持った姿が一人、集落の正門跡を足早に潜り抜けて、その内の廃墟の一つに消えていくのが見られた。


「戻ったか、ロッソ」
「おう」
 民家の裏口から髭面の中年男に迎え入れられ、ロッソと呼ばれた細身の男は雨水を滴らせた外套のまま屋内に踏み込んだ。
 そこは狭い台所のようであった。髭の男が戸口に閂を掛けるうちにロッソは外套を解き、そのあと二人は、冷たい石の床の隅っこに屈みこんだ。何かと思えば、そこの床には跳ね上げ戸が設えられており、地下へもぐる石段が続いているらしいのである。
 二人の男は背を折るようにして石段を降りていき、やがて広々とした地下室へ降り立った。
 食糧庫として使われていたらしい室内の真ん中には一台の長机が置かれており、それを囲んで数人の男女が小声で言葉を交わしていた。
 仲間が戻ってきたことに気付いた彼らはいったん会話を止め、無言で二人を席に迎え入れた。
「ご苦労だったな」
 まずそう言って労いの言葉を掛けたのは、思いのほか若い女の声であった。
「すっかり濡れ鼠だよ。戻る途中ひとしきり降られてな」
 女の声に答えて、ロッソは頬のこけた浅黒い膚の顔を引きつかせるような笑みを浮かべる。
 「難儀だったな。冷えたろうが、暖炉を使うわけにもいかんのでな。ハマ、あとで食糧庫に残っていた酒をロッソに分けてあげて」
 先ほど戸口でロッソを迎え入れた髭面の中年男が、片手を挙げて「合点」の合図をする。
「──それで、ウィングシェールの様子は?」
 女が身を乗り出した時に、その顔が卓上に置かれた燭台の灯に照らされて浮かび上がった。
 やや眦(まなじり)のつりあがった目にライトブラウンの瞳。豊かな栗色の髪は無造作に肩のあたりまで伸ばされている。
 飾り気のない、歳相応な乙女らしい美しさの中に、確かな経験に裏打ちされた用心深さと思慮深さを兼ね備えた、一種野性の”女狐”を思わせる風貌である。
 きびきびとしてそつのない話し方と振る舞いからしても、このうら若い女剣士が、廃墟の街に潜む一党を束ねる者であることは明白であった。
「二日前、北天騎士団の一隊が街に入った。今はウィングシェールの治安維持部隊と連携して情報を集めているらしい──敵の動きは予想以上に迅速だぞ、ミルウーダ」
 ロッソからの報告を受け、年若き女首領ミルウーダは、務めて平静を保ちつつ、「そうか」と一言答えた。
「数は?」
「百は下らないだろう。治安維持部隊と合わせれば二百近くにはなると思う」
「隊を率いている者は? 名の知れた者か?」
「それが……」
 ロッソは妙に深刻な表情で、声を落とした。周囲の者も、無意識に額を寄せる。
「それが、どうも、あのベオルブらしいぞ」
「……ベオルブ?」
 その場にいた誰もが、驚きとともにロッソの方を注視した。
「ベオルブ……北天騎士団を率いる、あのザルバッグ・ベオルブか?」
 髭面のハマが唸る。他の者も、真っ先にその名を思い浮かべたに違いない。それほどに、北天騎士団総帥の名は、彼ら骸旅団の主柱たるウィーグラフ・フォルズとはまた違った響きで畏れられているのである。かのレアノールの決戦にて、首領ウィーグラフ率いる骸旅団の"大群"を完膚なきまでに打ち破った将軍の存在は、彼らにとって思い出したくもない惨めな記憶であった。
「おちついて、皆」
 まだ見ぬ大敵の名を耳にしただけで、すでに恐懼している同志たちを見かねて、ミルウーダが静かに言った。
「北天騎士団総帥ともあろう者が、自らこのような辺境の地まで兵を率いてくるとは思えない」
 彼女の現実的な見方に、同志たちも納得した様子で、
「確かに、そう言われればその通りだな」
「聞き違いじゃないか? ロッソ」
 一転して、ロッソの報告に対する疑いの言葉を発しだした。むろんそれは、各々が自身を安心させるための方便であった。一方、懸命に集めた情報を仲間に疑われたロッソは、
「まさか! 治安維持部隊の連中が言っていたのを、たしかにこの耳で聞いたんだ。”ベオルブの御曹司が来た”ってな」
 若者特有の頑なさも手伝い、意地になって反論した。
「だが、姿を見たわけではあるまい?」
 すかさず、髭面のハマが年長者の落ち着きをもって指摘する。これに対し、若気に逸るロッソもさすがに思い直したのか、
「北天騎士団の駐屯地近くに探りを入れた限りでは、それらしい姿はなかったが……」
 と、自信を失くした表情を俯けてしまった。所詮、噂を耳にしたに過ぎない彼の情報は、事実を判断するには不十分なものであった。
 しばしの沈黙の後、ミルウーダがおもむろに口を開く。
「治安維持部隊の者は、”ベオルブの御曹司が来た"と言ったのだな?」
 ミルウーダの問いに、ロッソは大きく頷く。
「そうだ。むしろ連中の方が驚いていたくらいだ。何か、大きな戦でもあるのかとな」
「…………」
  おそらくミルウーダだけは、”ベオルブ”の名を聞いたとき、ザルバッグではない他の人間のことを思い浮かべていた。かのマンダリアの古砦で起こった珍事とともに、あるいはその時、期せずして交わした”友好”の握手とともに、その者の名は、以来いつも彼女の頭の片隅にあったのだ。
「ラムザ……ラムザ・ベオルブ」
 ミルウーダの口から無意識に発せられた聞き覚えのない名に、一同は怪訝な表情をする。
「ラムザ……?」
「聞いたことがないが……ベオルブの人間なのか?」
 首をかしげる一座の者たちに説明する素振りもなく、
「その名は、聞いていないの?」
 ミルウーダは、ロッソにそのまま問い返した。
「いや、俺は”ベオルブの御曹司”とだけ……」
「……そう」
「まあ、何にしてもだ!」
 ハマが、停滞しがちな場の雰囲気を断ち切るように、景気のよい声を上げた。
「ベオルブの人間が来たってのならむしろ好都合! 俺らがベオルブの手勢をぶちのめしたと聞けば、各地に潜伏している同志たちも再び奮起するにちがいねえ!」
 根拠はなくとも、こういう時にでさえ常に前向きなハマという男の性質が、これまで彼の一味の士気を支えてきたことは事実である。
 あるいは、かのハドムの隠れ家で、自ら率いる一味の内から裏切り者を出してしまったことに対する負い目もあるのかもしれない。しかし、荒波に漂う流木に等しい身の上にあったミルウーダとエマを迎え入れ、さらには、一味の旗頭に据えてまで従ってくれたハマの姿勢に、彼女自身、どれほど支えられたことか知れない。
 しかし、今のミルウーダは、単純に奮い立つことができなかった。
 その要因が、ラムザ・ベオルブという若者の存在であることも、彼女は自覚していた。
 続いて、首領の激励の言葉を期待していたのであろう、ハマの眼差しに反して、
「──みんな、備えを怠らないで」
 ミルウーダの、この素っ気ない一言で、会議は終いとなった。


「何かお悩みのようですね?」
 ミルウーダが、蝋燭の細い明かりのもとで剣を磨いていたところへ、身の丈に合わないローブを引きずった小さな姿が屈みこんできた。
 黒魔道士のエマは、お気に入りのとんがり帽を胸に抱えて、悪戯っぽく笑みを浮かべている。
 あどけない表情に、長い潜伏と逃亡生活の内に刻まれた疲労の跡が痛々しい。
「…………」
 ミルウーダは彼女の方を一瞥しただけで、再び作業に戻ってしまった。
「せっかくハマが威勢の良いこと言ってくれたのに、肝心のミルウーダがあの一言だけじゃ、みんなやる気出ないですよ?」
「そうかな」
「…………」
 取りつく島もないミルウーダの態度にめげず、エマはぐいぐいと彼女の方へすり寄ってくる。
「さっきミルウーダが言ってた”ラムザ”って人、マンダリアで助けてもらった人ですよね」
「助けてもらったわけではない」
「でも、あの人が機転をきかせてくれなかったら私たち、今ごろあの砦跡で亡霊(アンデッド)になってましたよ。間違いなく」
「…………」
 マンダリアの砦の話を知っている者は、ここではエマしかいない。
 腹心のレッド・アルジール始め、あの時命を長らえた他の者たちは、皆かの谷あいの村で北天騎士団の手に落ち、あえなき最期を遂げてしまった。
 とはいえ、北天騎士団の、それも仇の中の仇であるベオルブ家の人間に、ミルウーダたちの決死の愚を諭された挙句、”友好”の手を握り交わしたなど、ハマ達ハドム以来の仲間に言えるはずもなかった。
「ミルウーダの悩んでることは分かりますよ。つまり、その、ラムザって人は、貴族の割にはいい人かもしれないから、敵同士として戦うのは気が引けるってことでしょう?」
「別に、良い悪いという話ではなくて……」
「でも、どうなんでしょう。あの人は、そりゃ、いい人かもしれないけど、それは”貴族の割には”って話で……」
「だから?」
「だから、別にあの人だけが特別なんじゃなくて、その後、自分の身を犠牲にして私たちを逃がしてくれたレッドも、山で山賊に襲われた時に助けてくれた、あの怪しい騎士も、それから、二人ぼっちの私たちを仲間に入れてくれた、ハマも──みんなが助けてくれたから、私たちは今まで生きてこれたんですよね? ラムザって人が、特別いい人なわけじゃないんですよ」
「…………」
「あと、貴族ってのは、もの凄く”体面”ってのを気にするじゃないですか。きっと、ミルウーダがあの時、逃がしてやるなんて言ったもんだから、それじゃあ貴族として体面が保てないって思ったんでしょう。だから、兄上のお偉い将軍様に免じて、ミルウーダたちを助けてやろうって腹だったんですよ!」
 いつになく、熱い弁を振るうエマである。なにより、様々な経験を積むうちに、年端もゆかぬ少女であっても、このような思慮を持つものかと驚かれもする。
 今まで保護の対象でしかなかった者が、ここへきて急に頼もしい存在に思えてくるのだった。
「私は……迷っているのだ」
「え……?」
 ミルウーダは、しばし剣を磨く手を止め、その眼を土壁の暗がりに投げかけた。
「私の──いや、我らの敵は何なのかを」
「何言ってるんですか! そんなの、貴族どもに決まってるじゃないですか!」
「そう、貴族だ。だが、一口に貴族といっても、色々な者がいる」
「……?」
「中には民への仁政に尽くす者もいるし、財をなげうって祖国のために戦いながら、ろくな恩賞もなく没落した者もいると聞く。政府の小役人としてわずかな碌で食いつなぐ者もいるし、俸禄だけでは生活が成り立たず、商いに身をやつす者もいるとか」
「…………」
「その一方で、我ら平民の血と汗の結晶を当然のごとくかすめ取り、痩せ細った農夫に鞭を振るいながら、さらに私服を肥やす者どもがいる──これら皆、”貴族”であることに変わりはない」
「そう、それですよ!」
 エマが興奮気味に、手に持った三角帽を打ち叩いた。
「自分では何もしないくせに、平民を搾取するだけの”貴族”こそが、私たちの敵なんでしょう?」
「…………」
 エマの主張に否とも応ともいわず、ミルウーダは再び剣を磨く作業を始めた。剣を磨く彼女の瞳は、砥石を滑る刃のようにどこか冷たい光を宿している。
「……じゃあベオルブは?」
「えっ?」
「北天騎士団を率いるザルバッグ・ベオルブ、先代のバルバネス・ベオルブ共に、五十年戦争の英雄として民の覚えもめでたい。彼らは祖国のために命をかけ、?国(オーダリア)の侵略から畏国(イヴァリース)の地を守った──」
「それは、そうですけど……でも、命をかけたのは、なにもベオルブの人だけじゃないですよ。ウィーグラフたち骸騎士団だって、一緒に戦ったんです!」
「そう。北天騎士団と、我らの前身である骸騎士団は、いわば共に戦った"仲間"だ。貴族も平民もなく、祖国の危機に立ち向かった"仲間"なのよ」
 無意識に、剣を磨く手に力が入ったらしく、砥石が甲高い音を立てた。
 "仲間"という言葉が自らの口から発せられたのが、ミルウーダには意外に思われた。
 あのマンダリアの丘での一件以来、彼女の内でくすぶっていた疑問は、まさにこのことだったのかもしれない。
 自分は何と戦っているのか──
 戦いと流浪の日々の中、いつしか思考の枠外に追いやられていた本質的な問いが、期せずして再び訪れた(かもしれない)、かのベオルブの御曹司との対峙を前にして、より現実味を帯びた形で投げかけられたのである。
 エマは、なんとなく釈然としない顔をしかめながら、
「じゃあ、ベオルブの人たちは敵じゃないってことですか」
 ミルウーダの発した不可解な言葉に対し、純粋な疑問を返した。
 ミルウーダは頭(かぶり)を振り、
「そうは言っていない。ベオルブ家の人間は、祖国に多大なる貢献をしながら、ここへきて、畏国の富をただ貪り食うばかりの"豚ども"の剣となり、盾となることに、少しの疑念も抱いてない。──そればかりか、数々の暴虐に対し、正義の旗を掲げた者たちを"賊"として征伐することを至上の命としている!」
 滔々と、かく説きながら、疑念を言葉とし、感情を論理に組み替えるような口振りである。
 こういう弁説の仕種は、おそらく兄ウィーグラフを真似たのであろう。語句の一つ一つも、どこか借りてきたような響きをぬぐえない。
 しかし、いかに論を重ねようと、否、むしろ重ねれば重ねるほどに、その道理は、ミルウーダの本心から離れていくかのようであった。
 そのことに気付いてか気付かずか、黒魔道士のエマは、一心に剣を磨き続けるミルウーダの横顔を、暫くの間、じっと見つめていた。やがて、ぽつり、と呟くように、
「ミルウーダは……その……本当は、戦いたくないんじゃないですか?」
「……!」
 エマの一言に、ミルウーダは、思わず剣を研ぐ手を止めた。
「ベオルブと戦いたくない、と?」
「違います。"戦い"そのものです」
「…………」
「ごめんなさい、ちょっとそんな気がしただけです。ミルウーダの言ってること、お兄さんのウィーグラフにそっくりで、なんだか、その、無理してる気がして」
「私が? ……兄と?」
「はい。ウィーグラフの代わりにならなきゃって、無理してるんじゃないかって」
「そんなこと……」
「それに、ラムザって人とも、もしかしたら分かり合えるんじゃないか、もし本当に"仲間"になれたら、嫌な戦いをせずに済むんじゃないかって……」
「…………」
 ミルウーダは何も答えず、磨いたばかりの刀身に目を落としていた。
 その様子から、自分の言ったことがミルウーダの気に障ったものかと勘繰ったらしく、
「いや、やっぱり変ですよね。私が弱腰になってるみたい。戦いを止めたらいけないですよね。間違ってることを、そのままにしておいちゃいけない」
 うんうん、と、小さな体全体で頷いてから、エマはすっくと立ち上がった。
「ベオルブさんが、悪い貴族のために戦うというのなら、ベオルブさんは間違ってますよ。ベオルブさんに間違いを気付かせるためにも、私たちは戦い続けるべきです!」
「……そうだな」
 ミルウーダは自嘲ぎみな笑みを浮かべ、小さく一つ、ため息をついた。
「全部、お前の言うとおりだ。私は少し疲れた……できれば戦いたくない……のかもしれない。でも、それはみんな同じだ。誰もが、戦いのために戦っているわけじゃない。成し遂げなければならないことを成し遂げるために、戦うんだ」
 磨き上げたばかりの剣を目の前に掲げ、ミルウーダは、神に祈りを捧げる時のように眼を閉じる。
 脳裏に、今まで出会ってきた様々な人たちの顔が浮かんでは消えていく。
 兄ウィーグラフ、レッド、エマ、数多な骸旅団の同志たち──
 そして一瞬、夕日に煌めく金髪に、印象的な青い瞳を持った貴公子の顔がちらついた所で、彼女は反射的に両眼を開いた。
「──そうよ、私は戦う」
 決意の言葉は、祈りの詞のように、彼女の心の中で囁かれた。
 手に持った鋼鉄の剣を鞘に納めると、ミルウーダは颯(さつ)と立ち上がった。
「ベオルブは、我らの敵だ。ベオルブが民を虐げる輩の盾となるならば、私はそれを打ち砕く」
 見ると、そこには期待の光を宿した、エマの大きな瞳があった。
 ミルウーダは、健気なその姿に思わず笑みをこぼしながら、
「この戦いで、私たちは斃れ、野辺に骸を晒らすこととなるかもしれない──それでも戦うか?」
「はい! もちろんです!」
「本当は、お前には戦場に出てほしくなかった。──でも、お前は、自分で一生懸命考えて、自分の意思でここにいるんだな。私などより、ずっと強い意志で」
「当たり前じゃないですか! ミルウーダのお嬢様なんかより、ずうっと凄い修羅場を潜り抜けてきたんですからね!」
「ははは、まったくだ。私はまだまだお嬢様だったな」
 エマにそう言われると、途端に、今まで迷っていた時間が滑稽に思えてくる。
 あけすけで飾らない言葉は、何よりも物事の本質をよく言い表すものだ。
「兄との合流を果たせば、兄と一緒になれば──そうやって、今までずっと兄にすがろうとしてきた。そして、兄がいなくなったら、なれもしない兄のようになろうとして、空回りしていた──今度は、自分の意思で、自分の戦いをしなければ」
「それでこそ、私の大好きな、剣士ミルウーダです!」
「ありがとう、エマ」
 それからミルウーダは、一言二言、エマに何かしらの指示を与えた。
 指示を受け取ったエマの小さな影が、集落跡のあちこちを駆け回り、その後すぐ、各々休息をとったり、戦いに備えたりしていた者たちが、あわただしく、例の地下室のある民家に集まりだした。
 ミルウーダの声掛けで再び同志の会合の場が催されたのは、その日の深更であった。 
 皆の意志が固まるのに、そう時間はかからなかった。
 東の空が白みかける頃、死の街から骸のような影の集団が這い出し、一路、未だ夢深いウィングシェールの街へ駆け出した。
 


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