The Zodiac Brave Story
第一章 持たざる者

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34.兄弟と兄妹


 救出されたエルムドア侯爵を伴い、ラムザ隊がイグーロスに帰還したのは、天秤月一日、砂ネズミの穴ぐら突入より一週間後のことであった。
 ラムザがおおよそ予想していたことではあったが、見習い騎士の一隊によって侯爵救出が成されたという情報は、彼らの報告を待つまでもなく、早々にガリオンヌ領府のもとへ届けられていたらしい。到着の三日前、魔法都市ガリランドには、イグーロスより派遣された北天騎士団の精鋭部隊が、エルムドア侯爵をお迎えするために、うち揃って待機していたのである。
 ラムザたちは、ここで護衛部隊のお役御免となり、侯爵の御身をお迎え部隊の手に預けることとなった。
 その際、エルムドア侯爵は、拝跪する若い騎士たちに向かって言った。
「ご苦労であったな。貴君らの働きは、漏らさずラーグ公にお伝えしよう。はからずも他領の地で、このような若い勇気に出会えたことは、喜ぶべきことである。貴君らのこれからの活躍に期待する」
 全員が畏まる中でも、アルガスは、特に感激に堪えずといった感じで、肩を震わせていた。
「アルガス・サダルファス」
「はっ!」
「貴君の功は、大いに貴君の家の名を高めることだろう」
「ありがたき幸せに存じます!」
「さて、再び近衛騎士隊の任に就いてもらいたいところだが、この通り、大勢迎えの手があるゆえ、イグーロスまでは、今しばらくラムザ殿に従うがよい」
「ははっ!」
 当然のごとく、エルムドア侯爵の近習にそのまま加わろうと考えていたのであろうアルガスは、少々落胆の色を見せながらも、他ならぬ主君の命に、素直に従った。
 侯爵の言葉は、大いに若い騎士たちの心を励ましたが、一方で、一連の逸脱行動に対するお咎めが、イグーロスで待っているであろうことは、誰にも予測できた。
 とはいえ、彼らの功績は本物であるし、その成果はあまりにも大きい。
 イグーロスの門をくぐるころには、彼らの胸から、そんな一抹の不安も霧消していた。
 ラムザとディリータは、北天騎士団本営への帰参報告を終えた後、アルマやティータとも久々に顔を合わせ、この日は早々に床に就いた。そして翌日、二人はイグーロス城に召喚された。


 ラムザとディリータが通されたのは、城の中庭に面した書斎のような一室である。二人は部屋の真ん中に置かれたテーブルの両側に着き、窓側の席は空けておいた。
「閣下は間もなく参ります」
 二人を部屋まで案内してきた秘書官は、そう告げて退出した。
 何となく、物々しい尋問を受けさせられるのではと予想していたラムザは、思いのほか私的な面談となりそうなことに、ほっとしつつも、肩透かしをくらったような気がした。
「また謹慎とかに、ならなきゃいいけど」
 一月前、兄ダイスダーグに出過ぎた意見をしたことで、自宅謹慎を命じられたことを思い出し、ラムザは苦笑する。
「でもあの時、ザルバッグ将軍のお計らいがなかったら、僕らは城から出られず、侯爵殿の救出も果たせなかったんだ」
 腕組みしながら、ディリータが言う。ラムザは首を横に振り、
「僕たちがやらなくても、じきに誰かがやっていたさ」
「どうかな。情報なくして、あの砂ネズミの穴ぐらを発見するのは難しかったと思うが。まあいずれにせよ、骸旅団は自壊の運命を辿っていたろうな」
「運が良かったんだ。ウィーグラフがギュスタヴ一派を粛清していなければ、僕たちだけで侯爵殿を救出することは出来なかった。皮肉にも、敵のリーダーに助けられたわけだ」
「その敵のリーダーに、侯爵殿を救ってもらうなんてことになっていたら、それこそ北天騎士団の面目丸潰れだったな」
「まったく、恐ろしい人だ。ウィーグラフという人は」
 ラムザの脳裏に、あの凄惨な殺戮現場の情景が蘇る。あそこまでして、骸旅団の高潔を守らんとしたウィーグラフという男――彼の真意を、兄に伝えなくてはならない。
 べつに、ウィーグラフを擁護しようなどというつもりは、ラムザにも無い。ただ、それだけの覚悟と誇りを持って戦う者たちを、盗賊・匪賊の輩といっしょくたにして、片付けてよいものか。彼らの言い分に、少しくらい耳を傾けてあげる余地は無いのか。
 一月前にも、たしか同じようなことを兄ダイスダーグに意見して、まったく聞き入れてもらえなかったラムザである。しかも、兄と会うのは、まさにその時以来である。
 とはいえ今回は、ディリータという達弁の士が共にあり、その存在が、ラムザには心強く思われた。
 やがて、先ほどの秘書官を伴ったダイスダーグが、姿を見せた。席を立って迎えようとした二人を、ダイスダーグは両手で制しながら、
「よせよせ。身内話だ。堅苦しいのはなしにしよう」
 秘書官には、何事か指示を与えて、場を外させてから、席に着く。
「久しいな」
「お久しぶりです。兄上」
 ラムザがまず、にこやかに答える。
「お久しぶりです。閣下」
 と、次にディリータ。
「うむ。まずは、こたびの働き、見事でった。ラーグ公爵閣下はじめ、重臣の方々も、さすがはベオルブの子と、たいそう誉めておいでだ。私も、嬉しく思う」
 そう言いながら、ダイスダーグはラムザと眼を合わせようともしない。めったに感情を表に出さない人ではあるが、その鉄面皮ぶりが、前にも増して、人間味を薄れさせているように、ラムザには感じられた。
「──だが、あまりに軽率な行動であったな」
「申し訳ありません」
 ラムザが、素直に謝る。すると、ディリータが身を乗り出し、
「ラムザをそそのかしたのは僕です。手柄欲しさに、出過ぎた真似をしました。ラムザは、隊長としての責務を立派に果たしました」
 ラムザを擁護するようなことを言う。ラムザの方も黙っていられず、
「いえ、全て僕の意志です。ディリータたちは危険を承知で、僕の判断に従ってくれました。責任は僕にあります」
「当然だ」
 ダイスダーグが、静かに言い放つ。
「責任を負うのが、隊を率いる者の役目だ。誰がそそのかしたかは問題ではない」
 道理である。これに対しては、ディリータも何も言えない。
「いまさら、過ぎたことをとやかく言うつもりはない。まずは、侯爵殿救出に至るまでの経緯を詳しく話してもらおう」
 ラムザとディリータは、ドーターでの騒動の詳細と、そこでウィーグラフと接触したことも含め、包み隠さず兄に話した。そして、逮捕したムアンダを道案内とし、砂ネズミの穴ぐらへ赴いたこと、ウィーグラフとギュスタヴ一派との抗争(その際、ギュスタヴ側が首領ウィーグラフを暗殺しようとした形跡があったこと)、ギュスタヴの死、ウィーグラフの説く骸旅団の理念──そして、ラムザがウィーグラフより言われたことの全て。
 そこまで話したとき、ようやくダイスダーグの顔が、わずかに綻んだ。
「なるほど、賊の頭目の言いそうなことだ」
 ダイスダーグの反応は、それだけであった。その上、何を言っても受け付けてもらえそうにない、冷徹な兄の横顔である。
「ですが、兄上……」
 なお食い下がろうとするラムザを見かねて、ディリータが静かに首を横に振る。ここで再び兄との確執を深めるのも憚られ、ラムザは、ぐっと奥歯を噛みしめた。
「奴の言う"正当"なやり方が、どういうものなのかは知らん。が、やり方にこだわって自滅するなどは、愚の骨頂だ。大望を成し遂げるためには、手段など、選んではいられん」
 最後の一言は、静かな語調の中に、やや感情がこもっていた。その情け容赦ない辣腕ぶりから、"剃刀(かみそり)ダイスダーグ"などと綽名(あだな)されている、彼らしい言葉ではあった。
「その点、ギュスタヴという男のやり方は面白い。奴から提示された要求がどんなものであったか──お前たちは聞いているか?」
 骸旅団の人物を評価するような兄の口吻に、ラムザは少し驚いた。
「いえ、詳しくは……身代金のことでしょうか?」
「そうだ。問題は、その引き渡し手段についてだ。奴は身代金の引き渡し役として、ベオルブ家の長女──すなわち、アルマを指定してきたのだ」
「アルマを!?」
 ラムザは、目を丸くした。仇なす家の人間とはいえ、年端もいかぬ少女までを大人の取引に利用しようというのは、まさに非道というべきである。しかしそれが、ギュスタヴという男のやり方であり、ウィーグラフと相容れなかった部分なのだろう。
「また、随伴は侍女一名のみとする──とあった。ここに、心得ある者を付かせることはできたが、力の弱い女に引き渡し役をやらせるというのは、こういう場合の取引では常識だ」
「そして、あわよくばアルマを新たな人質として利用する……」
 ディリータが、ダイスダーグの言葉を引き取って言う。ダイスダーグは、「その通り」と、頷いた。
「取引上、圧倒的有利な立場だからこそ要求できたことだが、自分たちの利益になりそうなことは、とことんまで追求する徹底ぶり。いやむしろ、北天騎士団擁するベオルブ家の人間を手に入れることこそが、奴らの真の目的だったのかもしれん」
「ギュスタヴは、アルマと侯爵殿の人質交換を目論んでいたということですか」
 ラムザが、青ざめた顔をして言う。
「しかも、身代金付きでな。侯爵殿の安否は、王家の後見人争いにも関わってくる。ギュスタヴは、そういった政治的な駆け引きも考慮していたのだろう。アルマというカードを手に入れることで、ベオルブ家に、さらに高額な身代金をふっかけることもできるわけだ」
「兄上は、アルマを行かせるおつもりだったのですか?」
「まさか」
 ダイスダーグが、不気味な微笑を見せた。その真意を悟ったディリータの表情に、さっと影が差す。
「……ティータを、身代りにするおつもりだったのですね」
 ディリータが、声を低めて言う。ラムザは、とっさに兄の正気を疑う視線を向けたが、ダイスダーグは平然としている。
「いかにも。こういう時のために、ベオルブ家の令嬢として相応しい教育を施してきたのだからな」
 ディリータの感情など、まるで意に介していないようなダイスダーグの口ぶりである。ラムザは愕然として、言葉も出ない。
「アルマは、最後まで自分が行くと言って譲らなかったが、ティータは、街に掲げられた高札──これは、奴らの要求を書き記したものだったが──それを見てすぐに、自分をアルマの身代りとして使ってくれと申し出てきたよ。私が命じたわけでもないのに、大した心がけだ」
「…………」
 さすがのディリータも、今は青い顔をしてうつむいている。ラムザが問い質すまでもなく、ダイスダーグは、ティータのために身代金を用意したりはしないだろう。ラムザには、一層、兄ダイスダーグという人が、底なしに恐ろしい存在に思われた。
「だが、身代金引き渡しのまさにその日、侯爵殿救出の報せを受け、全ては杞憂に終わった。お前たちの働きが、結果としてアルマとティータを救ったのだ。まあ、お前たちの話から察するに、放っておいても骸旅団は崩壊していたようだが。まったく、人騒がせな連中だ」
 ダイスダーグは、ゆったりと、先ほど秘書官が運んできた紅茶を口にする。ラムザとディリータの前にもカップが置かれていたが、それに手をつける気分には、なれそうもない。
 カップを置き、ダイスダーグが再び話し始める。
「さて、今後の話をしなければなるまい。逃したウィーグラフについては、引き続き動向に注視するが、孤立しつつあるのは間違いないようだ。彼の追跡よりも、領内各地で頻発している反乱の平定が目下の優先課題となる。だが、もっと賢いやり方は、反乱の芽あらば、前もって摘み取っておくことだ」
 何か、新たな指令が下されることを予期して、ラムザとディリータは、注意深くダイスダーグの言葉に耳を傾ける。ダイスダーグは、なおも事務的な口調で話を進める。
「──二週間前、ルザリア・ガリオンヌ領境の守備隊より、不審な商人の一隊が、関門を通り、ガリオンヌ領内に入ったとの報せを受けた。その商隊を率いていたのが、どうも、女らしい」
「女……?」
 それを聞いたとき、ラムザの胸中に、言い知れぬ不安がよぎった。
「一月前、ルザリア領ハドム宿にて、ウィーグラフの妹と称する人物の存在が確認されている。商隊を率いていた女は、仲間とともにハドムに潜伏していたウィーグラフの実妹――ミルウーダ・フォルズである可能性が高い。ラムザ、たしかお前は、ミルウーダの人相を見知っていたな」
「……はい。マンダリアの丘での一件ついては、ザルバッグ将軍からお聞きでしょうか」
「ああ。その時の失態を清算するチャンスを、お前に与えよう」
「僕の手で捕えよ、ということですか」
「そうだ」
「…………」
 ダイスダーグが、ラムザを試そうとしているのは明白である。ラムザは、両肩に、新たな重荷がのしかかるのを感じた。
「ガリオンヌに入ってからは、いまのところ、特に目立った動きは見せていないが、今後、大きな火種にならぬとも限らない。監視部隊が戻って来次第、詳細報告を受け、その後、部隊に同行してもらう。それまでは休息をとって、充分に鋭気を養っておけ」


 ダイスダーグとの会談を終えてから、ラムザとディリータは、城門を出るまで、一言も言葉を交わさなかった。騎士団の一員として新たな任務を与えられたにもかかわらず、二人の若い騎士の顔は、どうにも浮かなかった。
「君が気にすることはない」
 城下の中央通りに入ってから、ようやくディリータが口を開いた。ティータが、アルマの身代りにされそうになっていたことについて言っているのは、ラムザにもすぐに分かった。
「うん。……でも、侯爵殿は無事救出できたんだし、もう大丈夫だ」
「言っておくが、僕たち兄妹は、いつでも君たちの身代りになる覚悟でいる。そのために、ベオルブ家で生かされてきたんだからな。これから先も、ずっとだ」
「…………」
 友の横顔が、その本気のほどをよく示している。ラムザは何も言えず、ぼんやりと道の往来に目を移す。
 午後の中央街は、人通りが激しい。城に近いせいもあろうが、やけに、騎士の隊列や軍鳥の行き来が、多く見られる。 
「ティータが、自らすすんでアルマの身代りになろうとしたことは、兄として、素直に誇らしく思う」
「でも、そんなこと、とうてい受け入れられないよ」
「違う、受け入れなきゃいけないのは、僕ら兄妹の方さ。それが、役目でもある」
「だけど、命に代わる命なんて、あるわけない」
「どうかな。アルマのためなら、君は喜んで命を捧げるんじゃないか?」
「当然だ!」
「ほら、やっぱり」
「いや、そういうことを言ってるんじゃなくて……」
「じゃあ、どういうことさ」
「それは……」
 それきり、二人は、また口をきかなくなった。
 二人の歩みは、示し合わせたわけでもないのに、ベオルブ家の墓がある、城下の教会に向けられていた。
 教会に着くと、併設されている孤児院の中庭に、修道女のエリザと、アルマ、ティータの姿があった。そこに、孤児院の子供たちが寄り集まって、さかんに、何か騒ぎ立てているのが見えた。


「うわぁ、すごい!」
「かわいい!」
「さわらせて!」
 子供たちの、無邪気な喜声があがる。
 彼らの囲いの中には、ティータの姿があった。そして、彼女の豊かな黒髪の上には、何やら、奇妙な生き物が、ちょこんと座っている。
 その生き物は、全身を白く短い毛で覆われ、一見すると、兎か猫のようにも見える。大きさも、ちょうどそのくらいである。しかし、それらの獣と著しく異なっている点は、頭のてっぺんから、ゆらゆら動く小さな毛玉付きの触角のようなものが生えているのと、背中に、コウモリに似た小さな羽根をもっているところである。四肢はおそろしく短く、胴に比べて奇妙なほど頭部が大きいので、一種、人間の赤ん坊に通ずる愛らしさを、感じさせ無くもない。
 それは、人間の世界に本来生きている動物ではなかった。人の操る術によって、一時的に幻界より呼び出された妖精、"モーグリ"の姿なのである。
 子供たちが手を伸ばして触れようとすると、モーグリは、
「くぽ〜、くるくる、ぴゅ〜」
 といったような、甲高い鳴き声を上げ、小さな羽根をパタつかせながら、ティータの頭上を飛び回る。するとまた、子供たちの嬌声が沸き起こる。
 ラムザとディリータは、そんな微笑ましい光景を、遠巻きに見守っていた。
「すごいな、ティータは。もう、"召喚術"を扱えるなんて」
 ラムザが、感心の声を発する。妹を褒められ、ディリータも、誇らしげな笑みを見せる。
「僕も、正直驚いているよ。もともと、魔術の素質はあるって言われていたらしいけど、初歩的な精霊召喚術とはいえ、高等な魔術にはちがいない。それを、あそこまで使いこなせるようになっていたとはね。我が妹ながら、大したもんだ」
 魔術は一般的に、黒魔術や白魔術など、汎用性の高い術式から学び始めるが、召喚術ともなると、高位の黒魔法・白魔法に匹敵するマナ感性を要するといわれ、その上、幻界に通ずる転送結界を安定的に展開しながら、精霊との交信を図るという、高度な魔術を操る技量が求められる。この技を会得するのにはもちろん、長きにわたる魔術の修練が欠かせない。
 とはいえ、ティータはまだ十三の少女であるし、純粋に、彼女の資質に依るところも大きいのだろう。
「ティータはね、召喚術師になりたいんだって」
 ラムザがティータの方へ気を取られていると、いつの間にか、傍らにアルマが立っていた。
「うん、ティータならきっと、優秀な召喚術師になれるよ」
 ラムザが確信するように、大きく頷く。
「へえ、そいつは初耳だな。ずっと、魔法学に興味はあったみたいだが」
 ディリータが、意外な顔をする。
「それでね、ラムザの役に立ちたいって、言ってるのよ。毎日毎日、勉強とかお稽古の合間に、難しい本を読んで、練習しているわ」
 アルマは、ティータと子供たちの方を見つめながら、その場に腰を下ろす。
「ダイスダーグ兄さんと、お話したんでしょう?」
「……うん」
「じゃあ、兄さんたちが留守の間のことも、聞いたよね。ティータが、私の身代りになろうとしたこと」
「ああ、……」
 先ほどの、ダイスダーグとの会話を思い出し、ラムザとディリータは、気まずげに目を反らす。一方でアルマは、なかなか淡々としている。
「私ね、小さいころからずっと、ティータを守ってあげなきゃって、思ってたの。でもね、最近、思うの。守られているのは、私の方なんだって」
「…………」
「私、ティータを、心から尊敬してるわ。ティータは、女学院の誰にも負けないくらい優秀だし、礼儀作法も私よりしっかりしてるし、あんなすごい魔法使っちゃうし……ほんとに、どっちがベオルブ家のご令嬢か、分からなくなるくらいよ」
「まったくだ」
 ラムザが真顔で言うと、アルマは少しムスッとしたが、ため息を吐いて紛らす。
「でもね、少し頑張りすぎなんじゃないかって、思うこともあるの。そりゃ、私や兄さんと、全部同じようにはいかないだろうけど、だけど、ティータは、私にとって、大切な友達だし、家族なの。だから、自分を犠牲にするようなことは、してほしくないなって」
 アルマの葛藤は、ラムザにも、痛いほどよく分かる。大切な家族と思いながらも、やはり、そこには克服しがたい差異が存在することを、アルマもまた、直感的に理解しているのである。
 ティータの召喚したモーグリは、空中で一回転してから、煌めく燐粉のような光を周囲に振りまき、忽然と姿を消してしまった。子供たちは、ますます興奮して、光の粉の中を飛んだり跳ねたりしていた。
「ティータ! もう一回!」
「ねえ、もう一回、モーグリ出して!」
 子供たちが目を輝かせながらせがむと、ティータは困ったように笑い、
「うーん、けっこう難しいのよ、あれ」
「ええー」
「みんな、ティータお姉さんに、あんまり無理を言ってはいけませんよ」
 子供たちが、なかなか聞きわけないので、そばにいた世話役のエリザが、助け船を出す。
「そろそろ、お勉強の時間です。お堂に、行きましょう」
「ええ〜」
 今度こそ、本当に不満げな声を上げるが、日ごろからきちんと躾けられているのであろう、不承不承ながらも、子供たちは、ばらばらと孤児院の建物の中に入っていく。
「ティータさん、お兄様方とは、久しぶりに会われるのでしょう? どうか、ゆっくり、お話しになってきてください」
「うん、ありがとう、エリザ」
 ティータは、エリザの手をやさしくとりながら、礼を述べた。
「あ、エリザ、待ってくれ!」
 そのまま、子供たちのあとに続いて建物に入っていこうとするエリザを、ラムザは慌てて呼び止めようとした。
 ラムザが任務に出立する前、エリザより託された大切な小刀を、彼は律義に返そうとしたのである。確かに、「イグーロスに無事に帰るまで預かる」というつもりで受け取った代物ではあった。彼は任務中、それをお守りにして、ずっと肌身離さず持っていたのだ。
 エリザは、当然ラムザの声に気付いていたはずだが、恥ずかしげに俯いたまま、建物の内に消えてしまった。
「あ……」
 無理に引き止めるのも気が引け、困り顔を浮かべるラムザの肩に、ディリータが、ポンと手を置く。
「乙女の気持ちは、素直に受け取っておけ」
「でも……って、あれ? エリザの贈り物のこと、君に話したっけ?」
「そのくらいのこと、なんとなく、わかるよ」
「…………」
 なんだか、釈然としない面持ちで、ラムザは手に握りしめていた小刀を、目の前に持ち上げる。
「きれいね」
 ティータが、小刀の鞘に施された精緻な紋様を見て言う。柄の部分に小さく施された、「D.からF.へ」というサインが、この品がエリザの母親の形見であることを示している。
「エリザの、大切な品物なんだ」
「そう、エリザの、……」
 ティータは、ラムザの横顔に、ちょっと目を移したが、すぐにきょろきょろして、
「あ、ええと、おかえりなさい。ラムザ兄さん、ディリータ兄さん」
「それは、昨日聞いたぞ。ティータ」
 ディリータが、いたずらっぽく微笑む。
「あ、そっか。そうだったね」
「なーに? 私にも見せてよ」
 アルマがせびるのをあしらって、ラムザは小刀を大切に、懐に収める。
「さあ、家に帰ろう」


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