The Zodiac Brave Story
第一章 持たざる者

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33.自惚れ


「言い訳は──させてもらえないようだな」
 因縁の相手を前にした男の顔には、笑みがあった。覚悟か、諦念か──いずれにせよ、何かを超越した境地ではあったろう。
「貴様の腕次第だ」
 ウィーグラフが房内に一歩踏み込み、ゆっくりと剣の切っ先をギュスタヴに向ける。
「言語は無用。抜け、ギュスタヴ」
「…………」
 言われるがまま、ギュスタヴはスラリと腰に佩いた長剣を抜き払う。
 二人の間に、思考の余地は一切なかった。そこには、さまざまなものを背負った、一個の魂と魂だけがあった。
 薄暗い房内に、二つの殺気が漲る。
 獅子と狼──ついに相容れることのなかった二人の獣が、牙を剥き合う。異様な空気の中、独房の主たるエルムドア侯爵の姿だけが、路傍の石のごとく、静かに勝負の行く末を見守っていた。
「…………」
「…………」
 呼吸が困難なほどに空気が張り詰めた、一刹那。
 まず、ダッと勢いよく前に踏み出したのは、意外にも、ギュスタヴの方であった。
 言語を超えた、一種の咆哮のような雄叫びを発し、ギュスタヴは、全力でウィーグラフに切り掛かった。
 はたしてこれまでの戦いの中で、かくも果敢にウィーグラフに挑んだ者は、一人として無かった。
 ウィーグラフは、狡猾な狼らしからぬ気迫に対し、ここへきて初めて、恐怖を覚えた。


 舞い上がった砂埃の中に、二つの身体が、刺し違えるような格好で静止していた。
 見る者が見れば、勝敗は明らかであった。
 それでもなお、しばらくは時の止まったように、交錯したその姿は、切り結んだままの形を保っていた。
 ギュスタヴの深緑色のマントを刺し貫いて、血糊に濡れたウィーグラフの長剣の切っ先が、五分ほど突き出していた。
 ギュスタヴは、必死の形相で、なお振り抜いた剣から手を離していない。
 ──狼は敗れた。
 ウィーグラフが、一息に突き刺さった剣を引き抜くと、支えを失ったギュスタヴの身体は、その場に、どうと倒れ伏した。
 再び砂埃が舞い、明かり採りの小窓から差し込む陽光に、きらきらと煌めく。
 ウィーグラフは、抜き身の剣を手にしたまま、エルムドア侯爵の方へ向き直る。ただ一人の立会人である侯爵は、生死を賭けた決闘を目の前にしながら、顔色ひとつ変えていない。
「メスドラーマ・エルムドア侯爵閣下とお見受けする」
「いかにも」
「この通り、愚かなるギュスタヴ・マルゲリフは粛清されました。閣下の御身は、まもなく北天騎士団の者どもが助け参らせるでしょう」
「わからんな、ウィーグラフ」
「わからぬとは?」
「仔細は知らぬが、ギュスタヴとて才無き男ではない。なにも殺すことはあるまいに」
「…………」
 ウィーグラフは、足もとに倒れているギュスタヴに眼を落とす。自身の言葉に反し、彼の眸(ひとみ)に、ギュスタヴを蔑むような色は無い。
「この者は、自ら責めを負うたのです」
「責め?」
「これは私闘にあらず。骸の騎士の名のもとに、我はこの者を討ち果たしたまで」
「…………」
「しかし、ギュスタヴ・マルゲリフは、一命を賭して、自らもまた骸の騎士たることを示した」
「やはり、わからんな」
「下賤の身には下賤の身なりの道義というものがあるのです」
「ふむ、そんなものか」
 その時、地下室の外から騒々しい足音がして、直後、数人の騎士たちが房内に踏み込んできた。
 部隊を率いてきた若者をはじめ、幾人かの顔は、ウィーグラフの見知った顔である。
 彼らはウィーグラフの姿を認めると、一様に驚きの表情を顕にした。と同時に、それぞれ得物を構え、警戒の姿勢をとった。
「また会ったな、ベオルブの御曹司」
 ウィーグラフが、先頭に立つラムザに向かって言う。
 ラムザは、抜き身の剣を手にしているウィーグラフの動きに警戒しながら、それに答える。
「牡羊(アリエス)殿──いや、ウィーグラフ・フォルズだな?」
「ドーターでは世話になったな」
「侯爵殿を解放してもらおう」
「…………」
「侯爵さまっ!」
 アルガスが主君の姿を確認し、たまらず声をあげる。そして、真っ先に駆け寄ろうとしたのを、ウィーグラフは剣を向けて牽制した。アルガスは反射的に、その場に踏みとどまる。
「それ以上動くな」
 落ち着きを払った声で、ウィーグラフが警告する。
「きっ、貴様っ……!」
 角を立てようとしたアルガスだが、自身に向けられたウィーグラフの剣先から鮮血が滴り落ちているのを見、また、彼の足もとに剣士が一人倒れ伏しているのを見て、萎縮したように、一歩引き下がってしまう。
「侯爵殿は無事だ。イグーロスにお連れするがいい」
「ど、どういうことだ……?」
 ウィーグラフの言葉に、アルガスは困惑色を浮かべる。
「侯爵殿誘拐に、あなたは関係していないと?」
 次にディリータが、疑問を投げかける。ウィーグラフはディリータの方を見やり、
「誘拐は我らの本意にあらず。このまま私を行かせてくれれば、侯爵殿の御身はお返ししよう」
「…………」
「お前一人で、おれたちから逃げられるとでも?」
 と、また強硬に出ようとするアルガスを、ラムザが引きとどめる。
「よせ、アルガス。彼は本気だ」
「しかし……」
 主君の救出はもとより、骸旅団の首領の検挙という目前の勲功を、どうしても諦めきれずにいる様子のアルガスである。しかし、いくら人数で勝っているとはいえ、外で行われた凄惨な殺戮を、ただ一人でやってのけた人間を捕えようというのは、誰にも無謀な軽挙と思われた。
「賢明な判断をしたまえ」
 ウィーグラフの双眸に、いっそう険しさが加わる。貴様らを切り倒してでも、行くつもりなら行けるのだということを、言外に含ませている。
「侯爵殿誘拐が、骸旅団の本意ではないというのは、本当か?」
 慎重に、ラムザが言葉を発する。
「二言は無い。私があえてムアンダを口止めせず、貴様らに私の跡を追わせたのも、他ならぬベオルブ家の人間に、我らの真意を伝えようと思ったからだ。骸の騎士は、盗賊・匪賊がごとき手段は用いぬということをな」
「…………」
 その意思を確かめるように、ラムザの真っ直ぐな眸が、ウィーグラフの顔を見据える。ウィーグラフも、己を相手にし、いささかも臆していない若き騎士を値踏みするように、ラムザの眸を見返していた。
 やがて、ラムザが丁寧な口調で話し始める。
「私は以前、マンダリアの丘で、ミルウーダという名の骸旅団の剣士に捕らわれたことがあります」
「なに……?」
 ミルウーダという名を耳にし、ウィーグラフは意表を突かれたように眉を開いた。肉親の名を、まさか仇敵たるベオルブ家の御曹司の口から聞かされるとは、彼も思っていなかったのである。
 が、そんなウィーグラフの反応に気を留めることもなく、ラムザは、話を続ける。
「マンダリアの砦に立て籠もっていた彼女と、その同志たちは、我が兄、ザルバッグ・ベオルブの軍勢に対し、なお最期まで戦おうとしていました。なんとなれば、私を人質とし、全軍の退却と身代金の要求もできたはず。しかし、彼女はそれをしなかった。それどころか、最期の戦いに臨んでは、もはや捕虜も必要なしと、私を解放しようとしたのです」
「ほう、それこそ、真の骸の騎士たる者の振る舞いよ」
「私の兄たちは、あなた方を悪逆非道の賊徒とみなしている。もしあなた方が、本当に高潔な志をもった戦士たちならば、私は、その事実をありのまま伝えましょう。そうすれば、我が兄たちもあなた方のことを認め、互いの意思を尊重し合うこともできるかもしれない。彼女──剣士ミルウーダも、きっとそれを望んでいるはず」
「ハハハ、何を知ったふうなことを」
 ラムザの弁を、ウィーグラフは一笑に伏す。
「貴様の兄に認めてもらうだと? 戯言も大概にしろ! 我らは自らの剣を以って、傲慢な貴族どもに制裁を加えるのみ。貴様らの意思を慮(おもんばか)る必要など無い!」
「あなたの言い分はよく分かります。しかし、これ以上無益な戦いを続ければ、いたずらに民の平安を脅かすばかりです。我らは、今こそ互いに手を取り合わなければならない。どうかあなたにも、そのことを理解してもらいたいのです」
「ご立派な言われようだな、ベオルブの御曹司よ。それで、ミルウーダ・フォルズ──我が妹は、その地で立派に討ち死にを果たしたのだろうな?」
「!」
 今度は、ラムザが意表を突かれる番であった。
「──いえ、彼女はまだ生きているはず。マンダリアでは、私が自ら人質となり、北天騎士団による包囲を解かせたのです。まさか、ミルウーダがあなたの妹であったとは……」
「そうか。つまり貴様は、名誉の死を遂げようとしていた我が妹に対し、"慈悲"をかけて逃がしてやったというわけだな」
「慈悲などと、いうつもりはありません。私はただ、彼女のような気高い戦士が無益に命を散らすのを見捨てられず──」
「彼女の決意を、我らの戦いを、貴様は"無益"と言うか! つくづく高慢な奴だ。そうやって"持たざる者"の命を気まぐれで弄ぶ。死にかけのネズミを救ってやって、自分に酔っているのだろうが!」
「ちがうっ! 僕はそんなつもりじゃ──」
「自覚していないのならば、なおさら性質が悪い! 我が妹の命を救ったのだとすれば、それは貴様の実力ではない! 貴様の"身分"だ! それしきのことも理解していないような輩と、到底分かりあうことなどはできんよ! 意思を尊重し合うだと? 馬鹿馬鹿しい! ミルウーダもミルウーダだ! 君子面した坊主の甘言にすがるなどとは、呆れ果てた雌犬根性よ!」
 激昂したウィーグラフは、今にも切りかからんばかりの剣幕である。
「貴様らのような乳臭いガキどもとは、剣を交える価値もない! 死にたくなければそこをどけっ! 今すぐにだっ!」
 ウィーグラフが、ラムザの真ん前まで来て剣を突きつける。しかしラムザは、意地を張ってそこから動こうとしない。
「ラムザ! もうよせっ!」
 見かねたディリータが、友の腕を引っ張るようにして無理矢理下がらせる。
 結局、ウィーグラフの発する怒気に払われるようにして、若い騎士たちは、おずおずと道を開けた。
 そして、猛然と去っていくその背を、彼らはただ黙って見送るしかなかった。


「すまない、僕からウィーグラフを刺激してはいけないなどと、言っておきながら」
 エルムドア侯爵の救出を果たし、集会所の広間に戻ってきたラムザは、傍らに立つディリータに言った。
「一時はどうなることかと冷や冷やしたよ。でもまあ、目的は果たしたことだし、これからのことを考えようか」
「ああ、……そうだね」
 救出されたエルムドア侯爵は、長きにわたる抑留生活の疲れは見えるものの、自らの足で立つこともでき、実に一月以上の間、地下の独房に捕らわれていたという事実が疑われるほど、健やかな様子であった。
 今は長机の一席に腰掛け、食べ物を口にしながら、アルガスと言葉を交わしている。話し相手となっているアルガスの表情には、いつになく晴れやかな気色がある。
「アルガス、嬉しそうだな」
 その様子を遠目に見て、ディリータが言う。
「侯爵殿も無事でおられて、本当によかった」
 ラムザの顔にも、今は安堵の笑みがある。とはいえ、先ほどのウィーグラフの言葉が、まだ彼の心を曇らせていた。
(自らに酔っている? 僕が?)
 彼がこれまで、考えもしてみなかったことである。しかも、そのことに無自覚であると、ウィーグラフは言った。
 弱きものに救いの手を差し伸べる──そのこと自体は、貴い行いかもしれない。しかし、救世主のような振る舞いをすることそれ自体に、知らず知らずのうちに快感を覚えていたのだとしたら──まさにそれは、人の傲慢というより他ない。他人の意思や決断を、自らの価値観に照らし、否定する。そして、一方的な善意を押しつける。
(ミルウーダを救えたのは、僕にザルバッグ・ベオルブの弟という"身分"があったからだ。でもそれは、神より授かったようなもの。自ら勝ち得た力じゃない。僕はその力を、当然のように行使した。僕が"持たざる者"だったら、はたして彼女を救うことができただろうか──?)
「ラムザ、どうかしたか?」
 ディリータが、心ここにあらずといった様子のラムザに声をかける。
「いや、なんでもないよ」
「そうか」
 いつものようにそっけない態度だが、誰よりもラムザの心情を機敏に感じ取っているのが、このディリータという友の存在である。ラムザは、この短いやりとりだけで、心の内を全て、友に見透かされてしまったように感じた。
「ウィーグラフの言ったことなら気にするな」
「……うん」
「君は君の立場で、やるべきことをやればいい。それに助力していくのが、僕らの立場で、役目だ」
「君は賢いな、ディリータ」
「いちいち難しく考えないことさ。直感で動くことも時には大切だ。剣だってそうだろう? 君はいつだって直感で動いてきたし、現にうまくいっているじゃないか」
「失礼な奴だな。僕だって、ちゃんと考えてるんだ」
「まあとにかく、自分の意思を尊重しろよ。それで結果的に間違ったとしても、悔いることはない」
「取り返しのつかないことになっても?」
「その時は、その時だ。怖がっていたら、何も成し遂げられない」
「君は本当に、大人だな」
 ラムザは、なおも悶々としていた。ウィーグラフに言われたことの数々は、この先も、事あるごとに引き摺りそうな予感がする。
 一仕事終えたせいもあるだろう。事に当たっている時は脇目も振らないラムザだが、一段落ついて立ち止まったところで、あれやこれや考え始めるのが、彼という人間の習性なのだ。
 そんなところへ、
「ラムザ隊長」
 地下室へ続く扉から、工術師のリリアンが出てきた。
「どうだった?」
 ラムザは報告を受けるために、彼女の方へ顔を向ける。
「かろうじてまだ息はあるけど、手持ちのポーションだけでは難しいと思う」
「そうか……」
「ローラの白魔法も一応試してはいるけど……」
 集会所の地下室にて、ウィーグラフの手に掛かったと思われる侯爵誘拐事件の主犯、ギュスタヴ・マルゲリフは、実のところ、まだ命脈を保っていた。
 応急処置を命じたのは、もちろんラムザである。首領ウィーグラフが去ってしまった今、一連の事件に関する重要参考人であるギュスタヴから、事件の全容と、骸旅団の内紛に関する情報を引き出す必要があった。しかし、彼の傷は相当に深く、とても言葉を発せられるような容体ではない。
 とはいえ、内紛の原因に関しては、思想的相違によるものであろうと、おおよその予測はつく。ウィーグラフの言った、「骸旅団の真意」からして、ギュスタヴの実行した策が、ウィーグラフの方針と相容れぬものであったことが分かる。そうでなくても、レアノール野の決戦以降、骸旅団の大物二人による派閥争いが起こっていたことは、すでに盛んに噂されていたことでもある。
「街まで行くのには、時間がかかる。この場で、全力をつくしてもらうしかない」
「……わかったわ」
「頼んだよ」
 リリアンは、再び地下室へ戻っていった。ディリータは、ふう、と一つ息を吐いて、
「万が一助けられたとして──彼の罪は重大だ。わかってるよな?」
「ああ」
「中途半端じゃだめだ。もし"慈悲"みたいな心があるんだとしたら、それこそ自惚れだ」
「わかってるよ」
 やはりディリータは、完全にラムザの葛藤を見抜いていた。
 今は、やるべきことをやる──そういう決意の表れが、しかし明確な痛みを伴って、ラムザの表情を複雑なものにしていた。


 それから間もなくして、ギュスタヴ・マルゲリフは、静かに息を引き取った。結局、彼は最期まで言葉を発することはなかった。
 砂ネズミの穴ぐらには、骸旅団の兵士たちの遺体が無数に転がっていた。その全てを埋葬するというのは、時間的にも労力的にも難しいものがあった。ラムザはギュスタヴの遺体の埋葬だけを行うことに決め、残った遺体は、間もなくここを接収することとなる北天騎士団の後詰め部隊に任せることとした。
 彼らの次なる任務は、エルムドア侯爵を迅速にイグーロスまでお連れすることであった。
「おお、白雪か」
 出発に際し、アルガスは、スウィージの森からここまで大切に引き連れてきた白雪を、侯爵に引合わせた。
 アルガスはむろん、得意満面である。エルムドア侯爵も、アルガスの功を大いにねぎらった。
「よくぞ、戻ってきてくれた」
 白雪の純白の羽毛を、エルムドア侯爵は慈しむように撫でる。主との再会に、緊張しているのか、白雪はそわそわと落ち着かない。
「おい、白雪、お辞儀はどうした!」
 アルガスが叱っても、白雪は頸を左右に振るだけである。
 誰にそう躾けられたわけでもなく、エルムドア侯爵を乗せる際は、自然に頭を下げるという──白雪のその特異な習性を、故郷のランベリーでもよく古参の近衛騎士から聞かされていたアルガスである。それだけに、彼の抱く不審も一通りではない。
 とはいえ、お辞儀をする白雪を見たこと自体は、一度もないアルガスなのである。そういえば、先の大戦より帰還してからは、以前ほど白雪にお乗りにならなくなったとも聞かされていた。ただ、どこへ行くにも必ず連れて行かれるので、その一方ならぬ愛着の少しも失せていないことだけは、確かなようである。
「ははは、よいよい。なにせ、薄汚い今の私など、潔癖な白雪が嫌がるのも無理はない」
 そう言って、侯爵自身は気にする素振りもみせない。いくら賢いとはいえ、もとより鳥禽のこと。気まぐれがあっても不思議ではない。
 ただアルガスには、心なしか、白雪が怯えているようにも見えたのだ。
 それでも、白雪が主の身を拒むようなことはなく、騎手と一体となったその姿は、さすがに勇壮そのものであり、"銀髪鬼"の名の、いまだ色褪せぬことを周囲に知らしめた。
 アルガスは、騎上の人となった主君の姿を、畏敬の念を込めて、いつまでも見上げていた。そして、この貴いお方の御身を、自らの手で救い出したのだということを、あらためて噛みしめながら、感激にうち震えるのであった。


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