The Zodiac Brave Story
第一章 持たざる者

BACK NEXT INDEX


32.勘


 昨晩、轟音とともに突如現れた煙を目標(めじるし)にして、ラムザ隊がようやくたどり着いた"穴ぐら"は、そこが本当に敵の根城かと疑われるほど、無防備なありさまであった。
 斥候からの報告を受けて、敵基地の手薄なことを把握したラムザは、さっそく隊を二つに分け、イザーク、カマール、イアン、アルガスは、弓による援護射撃のため、集落跡を囲む岩壁の上に位置取り、他の隊員は、集落の入り口正面からの突入に回ることとなった。
 夜明けからは、一刻あまりが経っていた。周囲は、もう松明を要しないほどに明るくなっている。
 正面には木製の大扉があり、左右に見張り台が設置されているが、今は、その上に立っているはずの見張りの姿もない。
 大扉は堅く閉ざされているため、さっそく、工術師のジョセフ、ニールが、丈夫なロープを使って入り口の横の高い柵をよじ登り、内部への侵入を試みる。
 彼らが扉を開けてくれるのを、ラムザたちは数人ずつ、それぞれ扉の両側に立って待っていた。
「事前の偵察通り、内紛がおこっているのだとしたら、絶好のチャンスなんだけど」
 ラムザがいう。
「罠だったらどうしようか、ディリータ?」
 ディリータは、分かりきった質問にため息を吐きつつ、
「どうしようもなにも、ここまで来たらもう、引き返せないだろう」
「だよね」
 ラムザは、苦笑に唇を歪ませる。ディリータは、友の横顔をジロとにらんで、
「もし侯爵を奪還できたとして、兄上には何と説明するつもりだ?」
「ザルバッグ兄さんは、きっと喜んでくれるよ」
「ちがう、ダイスダーグ殿にだ」
「わかってるよ。僕らの動きなんて、ダイスダーグ兄さんには筒抜けだろうけど、まだ止められてないってことは、大丈夫だってことさ」
「そうなのか? なら、援軍をよこしてほしいところだが」
「下手に手助けして失敗したら、責任を問われるだろう? だから、たとえ知っていたとしても、我関せず、ってところだろうね」
「でも、実の弟が失態をやらかしたら、それこそ具合が悪いだろう?」
「そこは、僕らに賭けてくれてるんだろう」
「前向きだな」
「まあね。こんな状況ならなおさら、前向きくらいでないと」
 それから二人は、笑みを交わす。ディリータは、ラムザの世話女房という立場上、慎重な意見を述べているだけで、彼の表情にも、功名心の色は隠せていない。
 その時、ギギギ、という軋みを立てて、扉が開き始めた。
「じゃあ、いいね?」
 ラムザが、突撃部隊全員に呼び掛ける。
「目標は、侯爵殿の御身の奪還。侯爵殿は、中央の大きな建物内に囚われている可能性が高い。戦闘は最小限にとどめること。万が一敵の罠に気付いたら、真っ先に退避すること」
 全員が、大きく頷きを返す。どの顔にも、五分の不安と、五分の興奮が見える。
「よしっ! 作戦開始!」
 得物を引き抜き、全員が素早く行動を開始する。
 先頭は、ラムザ・ベオルブ。侵入開始後、すぐに、扉を開けに先行した工術師の二人が、隊に合流した。
「ジョセフ、ニール、ご苦労だった」
 ラムザが、ねぎらいの言葉をかける。二人は無言で頷き、ラムザの後に続く。隊長と隊員との、堅い信頼の絆が、目に見えるようであった。


 しばらくは、敵の姿も見えなかった。
 ラムザたちは、数人ずつに分かれて、建物の陰に身を隠し、安全確認をしながら、漸進する形をとった。
「前方が騒がしいな」
 ラムザが建物の陰から顔を出し、様子を伺う。彼らの進行方向、つまり集落跡の中心部で、何かが起こっているらしい。
 別働隊として崖の上に陣取っている四人には、独断での攻撃を許可してある。ひょっとすると、彼らとの交戦もすでに始まっているのかもしれない。
「!」
 前方に人の動きを確認し、ラムザは素早く全員停止の合図を発した。後から続いてきた隊員たちが、ラムザのいるところに集まり、動きを止める。
 ラムザ隊の後方からは、ディリータ率いる小隊が、少し間をおいて追従してきている。彼らも、先行するラムザ隊の動きに気付き、やはり少し後方で動きを止め、手近な建物に身を潜める。
 やがて、前方から、二人の男が走ってくるのが見えてくる。いずれも戦闘員らしく、長剣で武装し、皮の軽鎧を身につけている。
 相当焦っているらしく、興奮ぎみのやり取りが、ラムザたちの耳にも届いてくる。
「これからどうするんだ? ウィーグラフに従うか?」
「馬鹿を言え! ウィーグラフに従っても死ぬだけだ!」
「でもよぉ、ここから逃れたとして、どこかあてはあるのか?」
「知るもんか! こうなっちまったらもう、盗賊からは脚を洗って、まっとうに生きるしかねえだろ!」
 だいたいそんな内容の会話である。
 ラムザたちは、敵の剣士二人が、自分たちの身を潜めている場所を通り過ぎるのを、ひとまず待った。
 そして、後方で待機するディリータ隊が、ラムザ隊より先に、二人の前に立ち塞がる。
「!」
 二人は、突如現れた敵を前に、突破する構えすら見せず、すぐさま逃げの態勢をとった。むろん、そちらの方向には、ラムザ隊が待ち構えている。
「くそっ!」
 やけくそになったのか、二人は、やっと白刃を晒した。
「無駄な抵抗はよせ!」
 ラムザが、警告の一声を発する。二人は、あからさまにうろたえ、
「なんだお前ら、北天騎士団か?」
「そうだ」
「……!」
 相手が北天騎士団だと判ったとたん、剣士二人は、さらに追い詰められたように顔をひきつらせた。北天騎士団に捕まった仲間の運命を、彼らはよく心得ているのだった。投降したとしても、命の保証はない。
 こうなっては、追いつめられたネズミも同然である。
「う、うわあっ!」
 動物的な喚き声をあげ、二人はそれぞれ、ラムザとディリータに打ちかかっていった。
「僕が」
 ラムザが、スッと前に進み出、暴力的な一撃を剣で受け止める。と、同時に素早く繰り出された足技にすくいとられ、バランスを崩した剣士の身体は、仰向けに砂の地面に倒れていた。
 すかさず、ラムザの足は、剣士の利き腕を踏みつける。
「うぐっ!」
 悲痛な呻き声をあげ、剣士は得物を手放す。
 ディリータのほうに仕掛けた剣士も、そう時間をかけずに、やはり武装解除されていた。
「…………」
 二人は観念したのか、それ以上抵抗する素振りはみせず、ラムザの言うに従い、おとなしく後ろ手に括られた。


 それから二人は、すぐ近くの建物内に連れ込まれ、ディリータの尋問に曝された。
「ここで何が起こっている?」
 ディリータは、まずこう問いかけた。
「ウィーグラフが……」
 一人が言いかけたのを、「しっ!」と、もう一人が咎める。それにも構わず、剣士は続ける。
「ウィーグラフの野郎が、大暴れしてるんだ」
「ウィーグラフだと? なぜ骸旅団の首領が、仲間のアジトで暴れているんだ?」
「ギュスタヴと話しがこじれて……」
 饒舌な仲間を、もう一人が再度、「おいっ!」と咎める。
 しかし、ここまでの情報と、状況に照らし合わせて考えれば、事態把握には十分であった。
「仲間割れしたんだな?」
「…………」
 沈黙は、何よりの肯定である。
 やはり、骸旅団は本格的に内部分裂を起こしているらしい。それも、首領自らが粛清に乗り出さねばならないほどに。
 その時、外で待機していたフィリップが飛び込んできて、
「ディリータ! まだ敵が来るぞ!」
 と、告げてきた。
「すぐに行く」
 と、そちらに答えてから、ディリータは、最も重要な情報を聞き出すべく、作戦開始前にベルトに挿しておいた父の形見の短剣を抜き取ると、それを怯える剣士の喉首にあてがい、
「侯爵は?」
 無機質な表情を、剣士に向けた。剣士は、半身を仰け反るようにして、ひとつ生唾を飲み込んだ。
「集会所の地下……中央の」
「間違いないな?」
 ディリータは、もう一人の方に確認をとる。剣士は、顔を横にそらしながらも、小さく頷いた。
「よし」
 ディリータは短剣を剣士の頸から離し、腰の鞘に収めると、仲間とともに建物を出た。
「中央の建物だ! そこに侯爵がいる!」
 外で待機していたラムザたちは、ディリータの報告を受け、ただちに行動を開始した。
「まずは、ここを突破する!」
 ラムザが先陣を切り、ディリータ隊もそれに続く。新手も、やはり前方から逃げてくるようだ。人数は、五、六人といったところ。ラムザたちの姿を認め、あわてて臨戦態勢をとる。
 もとより攻めの姿勢で向かうラムザたちに対し、脅威から逃げてきたばかりの骸旅団などは、はなから敵ではない。
 ラムザは横薙ぎに一人切り、また、敵の攻撃をかわす体で一人切った。
 そこに生じた隙をついて、敵の剣士がすかさずラムザに切りかかったが、味方の剣士ラッド・オールビーの機敏な対応により、これを退ける。
 ディリータは、得意の素早い突きで、敵の急所を貫く。その視界の端できらめいたものを逃さず、抜き手の刃で弾き返す。同時に、腰の短剣を、ためらうことなく投げ返す。
 最後の一人は、ディリータの放った短剣を胸に突き立て、絶命した。
「見事ね、ディリータ」
 後方支援役のローラが、感心したように、ディリータの洗練された技を褒める。
「これくらいのこと……」
 敵の身体から短剣を引き抜きながら、彼はさりげなく地に倒れ伏している敵を検分した。
「器用なものだな」
 ディリータは、ひとりごちた。
 ラムザの切った敵には、まだ息がある。戦闘不能にしながら、致命傷は与えていない。
 対してディリータの剣は、殺人剣である。当然、生かしておいた敵はない。
「…………」
 ここへきても、ラムザのやり方は変わっていない。友は友なりに、自分の納得いく形で戦っている。
(慈悲をかけたつもりか?)
 甘すぎる、と思ったところで、そうしたラムザのやり方が、状況を動かしていることも事実である。彼の強い意思があったからこそ、自分たちは、北天騎士団を総動員しても成しえなかったことを成し遂げようとしているのだ。
 複雑な思いを抱きつつも、ディリータは、すでに先を走っている友の背を追った。


 中央の集会所周辺は、酸鼻を極めていた。
「これは……」
 一人として、息のある者はない。
 ラムザは戦慄した。これが全て、ウィーグラフ一人の手によるものだとしたら、自分たちの追う敵は、途方もない化け物ということになる。
 単純に剣の腕という意味で、ラムザの知るもっとも強い剣士は、彼の二番目の兄であり、北天騎士団総帥の座を亡き父バルバネスより継いだザルバッグ・ベオルブである。ウィーグラフという男は、もしかすると、その兄に匹敵する実力を持っているのかもしれない。
「容赦ないな」
 ディリータがラムザの傍らに立ち、深いため息を吐く。
「彼の目的は何だ? ここまでする理由は?」
 ディリータの目にも、畏れの色が窺える。
「分からない。でも、感情をむき出しにした剣だということは解かる」
「ああ。一片の慈悲すら感じられない」
 もはや、敵の襲ってくる気配もない。いずれも、ここで獅子の牙に掛かったか、運の良かった者は、逃げおおせたかのどちらかであろう。
「ウィーグラフは、この中にいるんでしょうか……?」
 ラッド・オールビーが、集会所の建物を見上げながら、つぶやく。他の隊員も、その存在の大きさに、震えを覚えぬ者はない。
 目標を前にして、若い騎士たちが足踏みしているところへ、アルガスら別働隊が合流してきた。
「ひどいありさまだな」
 額に汗を浮かべて、アルガスが言う。
「おれたちは、崖の上からウィーグラフの戦いを少しの間だけ見ていたんだが──」
「どうだった?」
 ラムザが、真剣な表情でアルガスに訊く。アルガスは戦いを反芻しながら、もったいぶるように腕組みし、
「それはもう、鬼のような強さだったさ。でもまあ、おれたちが攻撃を仕掛けたら、戦いをやめて逃げて行ったがな」
 得意げに、肩をそびやかす。
「彼はどこへ行ったんだ?」
 ディリータが、すかさずアルガスに詰め寄る。アルガスの勲功など歯牙にもかけないディリータの態度に、眉をひそめながらも、アルガスは続ける。
「はっきりと見たわけではないが……たぶん、この中だ」
「やはり……!」
 全員の緊張が、一気に高まる。
 あの、ウィーグラフが。北天騎士団が総力を結集して追い続けてきた男が、すぐ近くにいる。
 為すか、為さざるか。──一大決心は、隊を率いるラムザの身にゆだねられた。
「行くよ、みんな」
 彼は、きっぱりと言った。
 不思議と、今のラムザの心を支配しているのは、恐怖ばかりではなかった。
 ドーターの街で、彼とは知らずに、見た顔。そして、無力な花売りの少女を窮地から救った彼の行動と、また、彼と一月もの時間を共に過ごした少女の口から語られた、ウィーグラフという人物の片鱗は、必ずしも、冷酷無比な殺戮者の像には重ならない。
 何より、一軍を率いる将器ある者として、亡き父が認めていたほどの男。
 九分の恐怖に、一分の好奇が、ラムザにはあった。
「彼を捕えられなくてもいい」
 ラムザの言葉に、一同は、意外な顔を見せる。ただ一人、ディリータだけは、冷静な面を崩していない。
「どんな状況であれ、彼を絶対に刺激してはならない。僕らの目標は、あくまで侯爵殿の救出だ。そしておそらく、彼はそれを阻まない」
「どうしてそんなことが分かる?」
 アルガスが、困惑色を浮かべる。ラムザは、彼の方をみて、少し笑ってみせた。
「勘、かな」
「勘……?」
 アルガスは、呆気にとられたように、ラムザの笑顔を見返していた。
「ともかく、今はラムザを信じよう」
 ディリータが、皆に呼び掛ける。
 ラムザは、そう言ってくれた友に、力強く頷いた。ディリータも、わずかに笑みをこぼしてそれに応える。
 朝日はすでに高く、乾いた大地を照らし始める頃。
 ラムザを先頭に、若い騎士たちは、一斉に突入を開始した。


BACK NEXT INDEX

-Powered by HTML DWARF-

inserted by FC2 system