The Zodiac Brave Story
第一章 持たざる者

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29.正邪の道


 ギュスタヴ・マルゲリフは、二十人掛けの長机の上座に座り、顔の前で両手の指を組み合わせていた。
 天井の高い部屋には、壁掛け式の松明の明かりだけが、古い石壁の割れ目をいっそう暗く浮かび上がらせている。
 彼がじっと視線を注いでいる先、部屋のたったひとつの入り口である大きな木の扉の前には、長身の男が一人、無言でたたずんでいる。
「久しいな、ウィーグラフ」
 ギュスタヴの発した第一声には答えず、ウィーグラフは、部屋をぐるりと見まわした。
「なんだここは」
 彼は、誰に投げかけるでもなくそう言った。それから、長机に沿って歩きだし、その半ばで立ち止まると、机の上に視線を向け、そこに放置されていた食べ残しのパンをひとつ掴み取ると、無造作にそれにかじりついた。
「歓迎の宴でも催したいところだが……」
 ギュスタヴは、パンを頬張るウィーグラフを眼の端に捉えながら、言葉を続ける。
「我々も"ギリギリ"でね」
「…………」
「そこにあるものは好きなだけ食べてくれ」
「…………」
 ギュスタヴに言われるまでもなく、ウィーグラフは他の皿からすでに燻製肉の切れ端を手に取っていた。
「これでも久々のご馳走なのだ」
 ギュスタヴは、そばに置かれていた葡萄酒の瓶を手にして立ちあがると、手近にあった二つの空の杯に酒を注いだ。それから、それらを両手に持って、黙々と食べ続けるウィーグラフの方へ歩み寄った。
「せめてものもてなしだ」
 ギュスタヴが片方の杯を差し出すと、ウィーグラフはひったくるようにしてそれを取り上げ、まだ飲み込めずにいる食べ物と一緒に、一息に仰いだ。そして、食い物と入れ替わりになった空気を吐き出すとともに、空になった杯を、机に叩きつけるようにして置いた。
「大した食べっぷりじゃないか」
 ウィーグラフはしばらくの間、両手を机上について、一気に飲み込んだ食べ物が喉もとを通過するのを待っているようだった。そんな客人の様子を、ギュスタヴは呆れたような目で見ていた。
「待っていたのだぞ、ウィーグラフ」
「…………」
「少なくとも、私は」
「…………」
 ギュスタヴは、そばの椅子に腰かけると、一口、酒を呷った。
「酒はこれで最後だ」
「…………」
「水は井戸から汲めるがな」
 もう一口、仰ぐ。
「だがやはり、酒は欲しい」
 それきり、彼の杯も空になってしまったらしい。
「…………」
「…………」
 しばしの沈黙の後、ウィーグラフはおもむろに面を上げ、傍らに座っているギュスタヴを見下ろした。むろんギュスタヴは、彼を見上げる格好となった。
 間近で見ると、やはり、数ヶ月前にレアノールで見た彼よりも、いくらか痩せているのが分かった。目元が黒ずみ、髭が伸び放題になっているのを見ても、彼の潜伏生活もまた容易ならざるものであったことを窺い知ることができる。しかし一方で、レアノールの決戦を前にした気迫とは、また別の気迫が、そこに加えられているように、ギュスタヴには感じられた。
「侯爵はどこだ」
 ウィーグラフは一言、そう言った。べつに、脅迫めいた色は、その言葉には無かった。ただ彼は、骸旅団の首領として、当たり前の事実確認をしたにすぎなかった。それなのに、ギュスタヴは、獅子に睨まれたようなすくみを感じてしまっている自分に、気づいていた。
「ここに、いるのか」
 ウィーグラフは、言葉を重ねる。ギュスタヴは、思わず目を逸らす。
「……ああ」
「まだ生きているか?」
「ああ」
「身の代は?」
「まだだ」
「そうか」
 ウィーグラフは椅子の背もたれを引くと、そこに、どかっと腰を下ろした。両腕を胸の前で組み、視線は、空になった杯に注がれている。ギュスタヴは、横目でちらとウィーグラフのほうを見てから、すぐに、視線を机上で組んだ両手の指に戻していた。それから、彼は気ぜわしく、組まれた指を伸ばしたり縮めたりしていた。
「どうやってここまで来た?」
 こんどは、ギュスタヴが訊いた。
「ドーターのムアンダのつてを頼った」
「やはりな」
「奴から支援を受けているそうだな」
「ああ」
「奴は捕まったぞ」
「……!」
 ギュスタヴは指の動きを止め、ウィーグラフの方を見やった。
「本当か?」
「間違いない。私はその場に居合わせた」
「…………」
「そして"穴ぐら(ここ)"も、ベオルブ家の人間の知るところとなったとみて間違いない」
「つまり、騎士団の?」
「そういうことだ」
「…………」
 ギュスタヴは無言のまま、再び手元に視線を落とす。
 ムアンダ逮捕の現場に居合わせたなどという、ウィーグラフの不可解な証言はひとまず置くとして、ギュスタヴ一党の影の支援者であるムアンダが、北天騎士団の手に落ちたという情報は、これで確かなものとなった。それとはつまり、この"砂ネズミの穴ぐら"が、もはや隠れ家としての価値を完全に失ったことを意味している。
「ここに留まるつもりか」
 少し間を置いてから、ウィーグラフが言った。ギュスタヴは神経質に眉を寄せて、ひとつ、ため息をつく。
「敵はあらゆるところに網を張っている。自ら網にかかりに行くこともあるまい」
「恐れているのか」
「それは、そうかもしれない。だが、私なりに考えての判断だ。猪突猛進は私の性分ではない」
「ほう」
 この窮状を招いた、そもそもの要因であるウィーグラフの失策を暗になじったのである。その含意が先方にも伝わったものか、ウィーグラフは、なんでもないことのように、鼻をならして、ギュスタヴの皮肉を受け流した。さらには、今まで堅いヴェールに覆われていた面に、僅かな笑みを浮かべて、
「待っていた、と言ったな」
「ああ」
「それは、どういう意味だ」
「言った通りの意味だ。骸旅団の旗手の帰還を、待ち望んでいたということだ」
「ほう、しかし、この"歓待の席"には、貴様一人の姿しか見えないが。他の者どもの意思は、また違っているということか」
「皆、それぞれに考えがあるのだろう。私の意思に、偽りはない」
「本当に、そうかな?」
「……?」
 ウィーグラフは、ゆっくりと、ギュスタヴの方に眼を向ける。その穿つような視線を受けて、偽りなき本心を述べたはずのギュスタヴの胸中に、ヒヤリとした風が吹き込んだ。
 ウィーグラフは、再び視線を机上に戻し、そこに置かれていた空の杯を手にして、その取手をくるくると回し始めた。
「私は、貴様の意思を問い質しに来たのだ」
 ウィーグラフは言った。ギュスタヴは、少し頭をもたげて、彼の方を見た。ウィーグラフは杯を玩(もてあそ)びつつ、言葉を続ける。
「貴様らがここまで追い詰められているのも、私がこうして日陰を歩まねばならぬのも、全ては私のレアノールにおける大失態によるものだ。かといって、私はあの一戦で雌雄を決するという己の信念を貫いたまでで、そのことを今さら悔いるようなことはしない。だが、あの敗戦によって、骸旅団を壊滅寸前にまで追いやり、挙句それまでに築きあげてきた同志の結束を無に帰してしまったということは、隠れなき事実ではある。したがって、貴様の一派はもちろんのこと、各地に散らばる同志たちの心が、この私から離れてしまうのもまた、無理からぬことだ。──そして現に、侯爵誘拐という大事をしでかし、北天騎士団およびガリオンヌ領府の肝を大いに寒からしめたギュスタヴ・マルゲリフこそが、真に同志を率いるにふさわしき者と──誰もがそう思っても不思議には思わん。だが……」
 ここまで一息に言って、ウィーグラフは手に持っていた杯を机に置いた。ギュスタヴは何気なくその動作を目で追いながら、彼らしからぬ自省の念を覗かせ始めたウィーグラフの本心に注意深く耳を傾けていた。
 ウィーグラフは深く背もたれに寄りかかり、目を閉じて、なおも滔々(とうとう)と言葉を並べていく。
「しかし、だ。私は私の信念と理想のもと、骸旅団の旗を掲げた。むろん、その旗印を私物化しようなどとは、ゆめ思っていない。ただひとつ確かなことは、この旗印が、かつて骸騎士団の同志として、万民の平穏と畏国の繁栄のために命を捧げた者たちの、崇高なる遺志を継いでいるということだ。その誇り高き犠牲の象徴を、よも盗賊匪賊の輩の拠り所とするなどは、一同志として、看過すべからざる死者への冒涜行為であると──私は考える。これは、我一人の意思にあらず──すなわち、骸旅団総体の意思である。したがって、この旗を掲げる者は、何人であれ──その理念に従い、死者に恥じぬ正道をもって大望に殉じなければならない。──そこで、貴様に問う」
 ウィーグラフは半目を開き、横目でもって傍らのギュスタヴを見据えた。
「骸旅団を率いる者として貴様の歩む道は──正道や否や」
 ギュスタヴは、半ば硬直したように机上の一点を見つめながら、生唾を呑んでいた。
 仰々しく言葉を飾り立てるのは、ウィーグラフのよく用いる弁論術の特徴であるが、ここにおいて彼の言いたいことは、ただ一つ。
 ようするに、貴人を誘拐し身の代を得るというギュスタヴの策は、盗賊匪賊の行いに異ならず、ということである。いちおう、自問自答を促すような訊き方を繕ってはいるが、間違いなく、ウィーグラフ個人の胸中では、そう断定している。
 もし、首尾よく侯爵の身の代を手に入れられたとしたら、これに味をしめ、骸旅団は、ひたすら目前の利益を追うばかりの、兇賊となり果てる。そうなってしまっては、義のために死した、かつての同志たちに、申し訳がたたない──。
 ウィーグラフ自身の失敗は、あくまで正道を執った上での失敗であった。対し、ギュスタヴの執った道は、骸旅団の本来的な理念に反する邪道に他ならず、たとえ何らかの利を得たとしても、それは我欲を満たすために得た暴利にすぎない。──おそらくウィーグラフ・フォルズという男は、ここまで決めつけている。
 むろん、ギュスタヴは、道理でもって彼の言に反駁することもできた。すなわち、正道であれ邪道であれ、骸旅団にとっての利をもたらすものであれば、おのずとその道は正道となる──しかし、この理屈は、ギュスタヴという男の主柱を成している"現実主義"に立脚したものである。
 この点において、ウィーグラフの掲げる"理想主義"には、最初から、歩むべき正道は一つしかないのである。しかもそれは、利のための道ではない。究極的には、正道をもって世を正すこと──そのこと自体が、利なのである。そして、その利を得るためならば、死すら厭わない。
 ギュスタヴは、深く、長く溜息をついた。
 ──この二つの主義は、もはや衝突してすらいない。最初から、まるで違う方を向いている。
(相容れない──)
 否定しがたい事実が頭蓋に木霊し、ギュスタヴは、憮然とした。
 彼は、信じているのである。曲がりなりにも、かつては畏国のために戦った戦友として、そして畏国の将来のために手を結んだ盟友として。ひいては、世界を統べる、王たる器を持つものとして。
 事実その思いは、今も変わっていない。
 だからこそ、彼は、今まで真っ向からウィーグラフを否定できずにきたし、今もできずにいるのである。
(弱いな、おれは)
 骸旅団の旗印を捨て、我が道を突き進むことも、あるいはできたかもしれない。しかしギュスタヴ自身、骸の旗を捨ててもなお、己に、正義の士として同志を導いていくという自信がないことに、気づいていた。
 邪道は所詮、邪道。蛇の道を行くは、蛇。
 高潔なる理想を、現実的でないとして否定することは容易い。しかし、高潔なる理想を、高潔なまま持ち続けることは、存外に難しい。
「貴様が、私利私欲のために侯爵を誘拐したのでないことは、分かっている」
 ウィーグラフは、ギュスタヴの葛藤など、素知らぬ態で話しつづける。
「だがな、貴様を同志と頼む、他の者どもはどうだ。──あるいはゴラグロスなどは、真心から骸旅団のためを思って、貴様に協力しているのかもしれぬ。しかし、最近になって、食うに困って同志に加わったような端くれどもは、どうだ。事実として、かつて骸騎士団の一兵卒として共に戦った古い同朋たちよりも、そういった新参者は多くなっている。それでもレアノールでは、各々抱く義憤に従い、皆よく戦ってくれた。私の指揮の至らなかったがゆえに、彼らを路頭に迷わせた責任もある。──だが、往々にして、そうした者たちに、物質的な利益をちらつかせると、とたんに、彼らは、それまで内に抱いていた義憤も、大義も、全て忘れ果て、明日の生活しか、頭になくなってしまう──そういうものなのだ。貴様のような人間であれば、高潔な理想を保ちつつ、邪道を正道と成すこともできるのかもしれん。だがな、私の言っているのは、圧倒的大多数の人間のことだ。貴様になら、私の言わんとするところの意味が、分かるはずだ」
 ウィーグラフが、おもむろに立ち上がる。ギュスタヴは、彼の陰となってなお、やや俯いたまま、黙然としていた。
「明日、あらためて問いなおすとしよう。貴様と、貴様の朋ばらとで、よく話し合ったうえ、我を追放するというなら、それもやむなし。──しかし、それでもなお、道を変えぬというのであれば、我が一身を賭して、貴様らに報いねばならん。これは、骸となった同志たちの誇りを受け継ぐ者としての覚悟だ。──心しておけ」
 そう言うと、ウィーグラフは大股で部屋を出て行った。独り残されたギュスタヴは、獅子の気迫から解放された身体を椅子の背もたれに預け、静かに、暗い天井を仰いでいた。


 ウィーグラフ来(きた)るの報せがもたらされた時。
 訪れた首領本人を、いったん他所に留め置き、普段から食事を共にしている、この集会場にて、砂ネズミ一同による緊急会議が催されたのであった。
 ギュスタヴは、一人一人から、意見を聞いた。そして誰もが、口を揃えてこういった。
「ウィーグラフ、排すべし」
 彼らにも、十分、分かっていたのだ。ウィーグラフという男が、大義のためであれ、資金目的の人攫いなどは、決して許さぬであろうことを。
 そして今や、自分たちが、明日の生活をも危ぶまれる状況に置かれていることも、彼らは理解していた。
 彼らにとって、一攫千金の計は、一縷の望みである。彼らの信頼は、ギュスタヴにあり、ウィーグラフにはない。まして、骸旅団をここまで追い詰める元凶となった男の言など、金輪際、採るには値しない。なにより大事なのは、明日、さらにはその先、どうやって食っていくのかということである。
「ギュスタヴ、正しいのはあんただ!」
「そうだ! ここはおれたちの城。ウィーグラフなどは、つまみ出せ!」
「いや、もういっそのこと──」
「ギュスタヴ、同志を率いる人間は、お前しかいない!」
 彼らは、口々に迫った。
「わかった」
 ギュスタヴは、自分に詰め寄る同志たちの熱気を払うように、一言、そう言った。それから、とにかく、一度二人だけで話をさせてくれと頼み、その場はいったんお開きとなった。


 あたりは、すでにどっぷりと、夜の闇に覆われていた。星明かりだけが、青白く、集落跡の建物の壁をその中に浮かび上がらせている。
 骸旅団の進退を決する会談の終わりを、今か今かと待ちかねていた、ゴラグロスはじめとするギュスタヴ一派の者どもは、うち揃って、中央の集会所の建物を見守っていた。
 それから、半刻あまりが過ぎた頃。
「あっ、出てきたぞ!」
 一人が、建物の方を指さして言った。
 見ると、今しがた集会所より出てきたのは、ウィーグラフ一人であるらしかった。彼は、大股にずんずん歩いていき、やがて、彼がここへ来た時に待機させられた建物の内に、消えていった。
「ギュスタヴはどうした?」
「まさか、意見が拗(こじ)れて──」
「馬鹿な!」
「ともかく、行ってみよう」
 彼らは、一目散に、集会所へ駆けて行った。
 建物内にあわただしく踏み込むと、独り椅子に座っていたギュスタヴは、いったい何の騒ぎかとでもいうように、上気した面々を、冷静な面持ちで迎えた。
「おう、待たせたな」
「ウィーグラフは、なんと言った?」
 たまらず、ゴラグロスが口を開く。ギュスタヴは、頤(おとがい)に手を宛がい、「ウーム」とひとつ唸ってから、
「難しいことだ」
 答えとも、独り言ともとれるような言い方だった。一同は、何と言ったらよいか分からず、互いに顔を見交わした。
「難しいこととは?」
 ゴラグロスが、要領を得ないギュスタヴの返答に、やきもきしながら言う。ギュスタヴは、しばし考えこむような素振りをみせ、やがて、一同の方へ目を向けた。
「率直にいうと、ウィーグラフは、私のやり方を認めたくないらしい」
 ある意味、予想通りともいえる展開だが、一同は、一通り憤慨を覚えたらしく、
「やっぱり、奴はとんだロマンチストだ」
「あれだけの失態をやらかしておいて、ぬけぬけと」
「なに、ギュスタヴの成功を、妬んでいやがるのさ」
「素直に許しを請えば良いものを」
 こう口々に恨み罵った。その言葉を、ギュスタヴは、どこか上の空で聞いているようだった。その横顔に、心労の陰をみとめて、
「奴に、脅されたのか?」
 ゴラグロスは、ギュスタヴの隣席に腰を下ろしながら、彼に訊いた。ギュスタヴは、静かに首を横に振り、
「彼を前にすると、たじたじになってしまうのは、昔からだ。ことに今日は、常にない凄みがあった。まったく、情けのない話だ」
 そういって、自嘲した。
「ただ、彼なりに、反省はしているようだ」
「口だけだろう」
「いや、本心には違いない。だが、彼は、自分自身を否定することはしなかった」
「そういう人間だ。傲慢なのさ。なんなら、おれたちが否定してやればいい」
「まず、聞くまい。彼の強さは、剣のみではないよ」
「なぜ、そこまで奴に入れ込むのだ」
「なぜだろうなあ……負い目を、感じているのかもしれん。生まれ持った天分の差みたいなものをね」
「わけがわからん。お前には、おれたちが付いている。奴一人くらい、何の恐れることはない。骸旅団が変わる時が、ついに来たのだ!」
「…………」
 ギュスタヴは、静かに、ゴラグロスのいかつい顔を見やった。その眼(まなこ)は、いつになく研ぎ澄まされているように見えた。
「骸旅団が変わるとして──我らは、高潔な志を、持ち続けることができると思うか?」
 ゴラグロスは、漠然としたギュスタヴの問いに対し、戸惑いの色を浮かべた。
「どういうことだ」
「そういうことさ」
 釈然としないゴラグロスを尻目に、ギュスタヴは、さっと立ちあがる。そして、同志たちに背を向けたまま、
「明日、ウィーグラフも交えて、今後の方針を話し合うこととする。いいたいことがあるなら、直接彼に言うべきだ。──彼とて、理性を持たぬ獣(けだもの)ではない。理をもって説けば、動かぬ心もあるまい。それまでに、各々、先ほどの問いについてよく考えておいてくれ」
 それから、一同の方へ振り返ったギュスタヴの口元には、どこか萎えたような笑みがこぼれていた。
「少し、疲れた。休むとしよう」


 深夜。"穴ぐら"を囲む岩壁に穿たれた横穴の一つに、一味の者数名が集まっていた。
 狭い空間の真ん中に燭を置いて、男たちは額を寄せ合い、何やら神妙な面持ちを暗闇に浮かべている。
「さて、面子も揃ったようだし、本題に入るが」
 口火を切ったのは、ギュスタヴ一味随一の武闘派、モンク隊を率いるカッツォという男である。
 この場にいる面々を見ても、そのほとんどがモンク隊の者どもであった。彼らは、剣士たちとは違い、鋼のように鍛え抜かれた二の腕や腹の筋を、むき出しにしていた。まさしくこの肉体こそが、彼らにとっての"鎧"であり"剣"なのである。
 そんな者たちが身を寄せ合っているものだから、ただでさえ狭苦しい横穴の空気は、息が詰まるほどむさ苦しくなっていた。
「ギュスタヴは、あんな悠長なことを言っていたが──これは、死活問題だ」
 カッツォは息を調え、燭を囲む顔を見回す。どの顔も、額に汗を浮かべて、隊長の言葉に耳を傾けていた。そして、ここに集められた理由は、はや分かり切っているものか、各々、覚悟にも似た表情が窺える。
「侯爵の身の代は、総額五千万ギル……これは、ここにいる全員が、むこう二、三年は遊んで暮らせる額だ──わかるな。こいつをみすみす逃す手はねえ。ウィーグラフがギュスタヴのやり方を認めねえっつうのはつまり、せっかく捕まえた侯爵を解放しろっつうことだ。ギュスタヴは、そのことで去就を決めかねているのさ」
「ギュスタヴはどうすると思う?」
 輪の中の一人が、鼻息荒く肩を乗り出す。カッツォは、ジロリとその男のほうを見やって、
「新参のおれたちと違い、ギュスタヴとウィーグラフの義縁は深い。また、ゴラグロスや古参の奴らも、なんだかんだいって、おそらくギュスタヴの方針に従うだろう。ギュスタヴがウィーグラフの言うとおりにするってのなら、そうした連中も、おそらくそれに従う。その場合、いうまでもなく、五千万はチャラってわけだ。んで、さっきの様子からして、ギュスタヴは相当ウィーグラフのほうに傾きかけている。ギュスタヴは切れ者だが、ああ見えて義理堅い男だ。せっかくの好機をふいにしても、奴と再起の旗を揚げるつもりなんだろう」
「馬鹿げている!」
 別の男が、憤慨して鼻を鳴らした。他の者も、うんうんと首を縦に振る。カッツォ自身も大きく首肯して、言葉を続ける。
「そう、馬鹿げている。ウィーグラフは、お高い理想を突き付けるばかりで、他人のやり方を否定して、かといって、何か具体的な代替案を持ってくるわけでもねえ。奴に従っても、死ぬだけだ。そんなのは、まったく、馬鹿げている。死にたい奴は、勝手に死ねばいいさ──だがな、おれたちは、生きるためにここにいるんだ。騎士さまごっこに付き合わされて死ぬなんてのは、まっぴらごめんだ。──そうなれば、おれたちのとるべき道は、ただ一つ」
「…………」
 当然、次に来るべき言葉を予測して、一同は押し黙る。上気した場の空気に、ひとしきり、緊張の冷気が吹き込んだ。
「ウィーグラフを殺す」
 カッツォが、皆の予感を確かめるように、そう言った。誰かが、ごくりと生唾を飲んだのが聞こえる。風の悪戯か、横穴の外で何か物音がして、さっとそちらに警戒の目を走らせた者もいる。
 そのくらい、ピリピリとした空気が、人の輪を包んでいた。
「で、どうやって?」
 おそるおそる、カッツォに尋ねる者がある。カッツォは、「それよ」と、その者を指差し、
「何せ、相手はあのウィーグラフだ。ここにいるモンク隊とて、決して実力を卑下するわけではないが、おそらく、全員でまともにかかっても、無傷では済むまい。かといって、寝首を掻くというのも、我らの得意とするところではない──そこで、だ」
 カッツォが、息をひそめるようにして顔を寄せたのに倣い、全員が身を乗り出して、さらに輪を縮める。この時、横穴の外で、明らかに何かの影がうごめいたことなど、この場にいる誰も、気づいた様子はない。
「昼間ここに、例の"爆弾"の試作品が、運ばれてきた。それが今、食糧庫に保管されている」
 全員が、この情報に眉を開いたのを見て、ひとつ頷いたカッツォは、一段と声を落として言葉を続ける。
「いいか、その爆弾をこっそりと運び出し、ウィーグラフの寝所の周りに並べる。以前ギュスタヴが、あれでベヒモスを吹っ飛ばしたのを覚えているだろう? あの要領で導火線を引いておいて、頃合いを見計らい火をつける。そして──」
 両の掌をぱっと開いて、カッツォは暗殺計画の結末を示した。燭の炎が空気の動きに触れて、大きく揺らめいた。
「どうだ。こうやってウィーグラフを片づけちまえば、ギュスタヴの迷いも晴れるってわけだ。同時に、骸旅団のリーダーは、名実ともにギュスタヴとなる。かくして、五千万ギルの大金がおれたちの手に転がり込む」
 得意げに、カッツォの口元が歪む。異を唱える者は無かった。全員が、期待の光を、その眼に宿していた。


 それから半刻も経たないうちに、怪しげな一集団が、食糧庫から、例の"爆弾"のしこたま詰められた木樽を運び出していた。いうまでもなく彼らは、さきほど横穴の内で額を寄せ合って密議を交わしていた、モンク隊の者たちなのである。
「急げ、急げよ」
 一人松明を持った男──ウィーグラフ暗殺計画の首謀者であるカッツォが、仲間をせきたてている。
 いちおう、夜番の見張りの者には、「今晩、ギュスタヴから頼まれていた物資の運び出しをする」と言ってあるが、その見張り番は、とくに不審がることはしなかった。それでも、彼は相当警戒しているらしく、ときどき松明をめぐらして、しきりに周囲を気にしていた。
 その様子を、食糧庫から数エータ離れた、崩れかけの建物の陰より、じっと見守っている人影がある。むろん、カッツォはじめ、爆弾の搬出に懸命になっているモンク隊の者たちに、感づいた様子はない。
 やがてその影は、音もなく、漆黒の闇に消えていった。


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