The Zodiac Brave Story
第一章 持たざる者

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23.ドーターの乱


 ドーターに突如現れた若い騎士の集団が、ムアンダ一味の行いについてあれこれ訊き回ったあげく、ついにその根拠地に踏み込むらしいという噂は、瞬時に下街全体に広まった。中でも騎士の一隊を率いるラムザ・ベオルブという若者の名は、特別な響きを伴って人々の関心を集めていた。
「ベオルブっていやあ……北天騎士団の、あのベオルブ家か?」
 そう尋ねるのは、朝から酒の注がれたマグを傾けている飲み屋の客。そのラムザから直々に聞き込みをうけたという店主は、うむうむと頷いて、
「たしかに、そう名乗った。ぱっと見は、いかにもよいとこのお坊ちゃんにしか見えなんだが、よくよく見りゃあ、なるほど、スッと筋の通った凛々しい面構えは、あの天騎士バルバネスさまの御曹司に違いねえ」
「しかし、大した人数でもないのに、あのムアンダにたてつくつもりかよ。いくら北天騎士団とはいえ……」
「それがよ」
 店主は周囲を気にしながら、一段と声を落とす。
「鍛冶屋のボロヴィンが、結構な人数を募っているらしい」
「まさか、ムアンダ相手に吹っ掛ける気かよ」
「うむ」
「もう幾度、奴に歯向かおうとした奴らが血祭りに上げられたか知れねえというのに」
「だがよ、あのバルバネスさまの御曹司が大将となりゃ、これまでとはわけが違う。大義はこちらにある!」
「…………」
「ボロヴィンの嫁さんが、あの闘技場でグールの餌にされたというのはお前さんも知っておるだろう」
「ああ、うむ」
「あいつだけじゃない。ムアンダの手に掛って憂き目に遭った人間は数知れねえ。今こそ、悪行の数々の報いを受ける時が来たのさ」
「大義……そうか、大義か」
 そう呟いた客は、酔いもすっかり覚めた様子で、真剣な眼差しをマグに注いでいた。ちょうどその時、騒々しい物音をたてて男が一人、店に飛び込んできた。
「たいへんだっ!」
 何事かと、店にいた客は一斉に入り口の方に視線を集める。男は興奮にせき込みながら、今しがた見聞きしたことを早口に伝えた。
「ボロヴィンの奴らが、ムアンダのアジトに殴りこんだぞ! 例の若い騎士たちも一緒だ!」
 ざわと、男の興奮が伝染したように、狭い店内はどよめき立つ。もっと詳しい話を聞こうと、様々な声があちこちからあがる。人数はどれほどか、ムアンダは捕まったのか──。
 その熱気の中にあって、カウンターで店主と会話しながら立ち飲みしていた客は、マグを一息に飲み干すと、何か決然とした面持ちで、飛び込んできた男のほうへ歩み寄っていく。そして、茫然としている周囲をぐるりと睨み渡してから、
「おれは行くぞ!」
 酔いに任せたとも思えぬ口調で、こう宣言した。一瞬の間を置いてから、あちこちの席を蹴って、
「おれもっ!」
「おれも行くぞ!」
 次々と、客の宣言に続いて、終いにはその場にいた全員が、一個の決起集団となって店を後にしていた。
 こうした動きは、この酒場に限らず、下街のあちこちの辻で見られた。皆一様に興奮した面持ちで、手に得物を持った者も少なくない。集団は一気に膨れ上がり、目標のアジトを指して、大通りを行進していく。
 大勢の人間が目指していく方向には、ちょうど戦いの狼煙が上がったかのように、黒い煙が立ち上っていた。どうやら、先にアジトに踏み込んだボロヴィンたちが火をつけたものらしい。木造の建物がひしめき合うドーターの下街だけに火災が心配されたが、もはやそんなことに気を留める余地もない暴徒の勢いである。
 これまでバラバラに埋もれていた憤懣の芽が、ベオルブの名の下に、一挙に実を結んだ形であった。
 ──が、当のラムザはというと、彼自身は、自分の家名がドーターの窮民たちにかくも絶大なる影響を与えていることなど、まったく自覚している様子はない。ムアンダの悪行を正すべく、また、捕らわれたエアリスの身を取り戻すべく、彼は純然たる正義を掲げ、巨悪の巣食う根城に赴かんとするのである。
 そのラムザの傍らにあって、ディリータは当初の偵察任務からはおよそかけ離れた隊長の決定に難色を示した。


「本気か? ラムザ」
 アジト立ち入りの前日、ディリータはいま一度ラムザの意志を問い糺した。ラムザは礼拝堂の石床に胡坐を掻いて、手前にドーターの地図を広げている。
「本気だよ、ディリータ」
 地図から離れ、ディリータに向けられたラムザの蒼眸に惑いの色は無い。
「僕らの任務はあくまで偵察だぞ」
「わかっているさ」
「ザルバッグどのには何と説明する気だ」
「騎士として為すべきことをするまでだ」
「だが、僕らは軍隊の一部でもある。与えられた役割はきちんと果たさねばならない」
「当然だ。だが、役割を果たしさえすれば、それでいいのか?」
「それは……」
 礼拝堂の古い長椅子に背をあずけ、ディリータは深くため息をついた。ラムザは再び地図に目を戻し、思考を再開している。
 ディリータはそんな友の姿を視界から外し、目を瞑って握りこぶしを眉間に押し当てていた。
 普段は花のように穏やかなくせに、一度こうと決めたら揺るがない岩のような一面をも併せ持つ友の性格を、ディリータはよく心得ていた。
 それだけに、友の決定を曲げる気などは端からないし、今までもそうしてきたように、彼の役割は、ラムザにとって最も良い結果を導くために、最善の助力をすることである。
「なあ、ディリータ」
 ラムザは地図に目を落としたまま話しかけてくる。ディリータは、なおもぐりぐりと拳で眉間を揉みながら片目を開く。
「どうした?」
「ムアンダはアジトにいると思うか?」
「そうだな……市民の話では、奴は闘技場(サークル)とかいう賭場で仕合を観戦していることもよくあるらしい」
「アジトか、闘技場かということか……隊を二手に分けて当たってみようか?」
「いや、ただでさえ少ない人数だ。どちらかに的を絞るべきだと思う。奴の取り巻きはほとんど奴から離れることなくどこへでも付き従っていくというから、どちらかにまず当たってみて、外れならもう一方へ当たるというやり方でも大丈夫だろう。あと、できれば増援も欲しいところだ」
「増援か……しかし、この下街の自警団は、ほとんどムアンダに買収されているというから、期待はできないね。むしろ敵と捉えるべきだ」
「その通りだな。できれば武力に訴えたくはないが、やはりいざというときの戦力にどうしても欠ける」
 二人が考えこんでいるところへ、
「私も協力しよう」
 と、意外な声がして、その方へ目をやると、例の正体不明の剣士が、腕にさらしの布を巻いているところであった。
「エアリスには随分と世話になった。それに、ムアンダには個人的な用向きもある」
「…………」
 男の顔に、ディリータは嫌疑の眼差しを向ける。
 ──この男にも、訊きたいことが山ほどある。"牡羊(アリエス)"などと一応名乗りはしたが、もしかすると、ウィーグラフ・フォルズその人かも知れない男なのである。
 が、安易にその正体に迫るようなことをして、万一敵に廻せば、まず自分たちの手には負えない相手である。手傷いとはいえ、皆殺しにされてもおかしくはない。一方で、それほどの実力を持っているかもしれない剣士が自ら協力を申し出てくれたのだから、ここはひとまず利用しておくに越したことはないという考え方もある。
「牡羊どの、協力には感謝しますが……怪我の具合はよろしいのですか?」
 そう言うラムザのほうは、よも牡羊と名乗るこの剣士が、ウィーグラフ・フォルズであるかもしれないなどという疑いは微塵も抱いていないようである。とはいっても、牡羊が、相当な実力者であることは、彼もまたしかと見抜いていた。
「心配には及ばん。エアリスの手当てが効いて、もうだいぶよくなってきた。剣を振うのに何ら差し支えはない」
「それはよかった。でも、無理はしないでください。私たちと共に来てもらって……」
「いや、私は一人で行動させてもらう。闘技場の方へは私が向かおう。騎士が大人数で踏み込むようなことがあれば、徒(いたずら)に混乱を招くことになる。もしムアンダを見つけたら、お前たちが合流するまで逃がさぬよう見張っておこう」
「…………」
 ラムザとディリータは無言で目と目を見合わせる。それを返答と受け取ったものか、
「では、アジトの方は任せた」
 と、勝手に結論づけて、牡羊はそのまま礼拝堂から出ていってしまった。
 腑に落ちない表情のディリータに対して、ラムザは案外にさっぱりとした顔で、その場に立ち上がる。
「よし、闘技場は彼に任せて、僕らはアジトに踏み込もう」
「あの剣士、信用できるのか?」
「一人でも味方が欲しい今は信用するしかないだろう? 君も牡羊どのが相当な使い手であることは分かっているはずだ」
「それは、そうだが……」
 まさか、牡羊はウィーグラフかもしれないなどとは口に出せないディリータである。
「それに、彼はエアリスに助けられたと言っている。その恩に報いることは、騎士として当然の態度だ」
 ラムザのお人よしは今に始まったことではない。もう少し他人を疑うということを知ってもよさそうなものではあるが、そこを咎めてみても詮ないことなので、ディリータは、ひとまず牡羊に対する疑惑は棚に上げておくことにした。
「君の考えはよく分かったよ、ラムザ。皆を呼んで、今後の方針を確認しようじゃないか」


 その日の夕刻、ディリータは工術士のニールに偵察任務の報告書を託し、アラグアイに展開中の北天騎士団の遊撃隊を率いるミランダ・フェッケランへの早馬を任せた。スウィージの森で拾ったエルムドア侯爵の愛鳥"白雪"の足ならば、ドーター・アラグアイ間は往復に一日と掛らない。
 報告書の内容としては、ムアンダ一味の動向とそれへの対応について、ドーターの惨状を鑑みるに早急なる処置が必要と判断した旨に加え、未確認ながら、骸旅団長ウィーグラフ・フォルズらしき人物と遭遇、今後慎重に監視を続ける旨を記した。
 後述の案件については、実のところ隊長のラムザにもまだ伝えていないのであるが、ディリータとしては、北天騎士団本営の指示を仰ぎたいこともあったし、また後々確証が得られれば、ラムザにも牡羊なる剣士の正体について早々に知らせる心づもりではあった。
 ディリータとウィーグラフとの、本人にしてみても意外な繋がりについて、すぐにでも親友であるラムザに伝えてもよかったのではあるが、現状貴重な戦力と頼んでいる牡羊に対してこれ以上余計な疑惑を植えつけるのも憚られるし、今は彼の胸の内にのみ秘め置くこととした。
「お、来たな」
 夜も更けてから、ディリータの姿は、礼拝堂近くに流れる小川に掛けられた小さな石橋の上に見出される。
 欄干に寄りかかったその影に向かって、橋の両端から二、三の影が近づいていく。月明かりに照らし出された面子を見れば、剣士ラッドと闘術士(モンク)のポポ、それにアルガスの顔もある。
「言われた通り──」
 アルガスが無愛想な表情のまま言う。頬がほんのり紅みがかり、少しばかり酒臭いのは気のせいではない。
「天騎士バルバネス・ベオルブの子、ラムザ・ベオルブどのが明日旗揚げし、ムアンダ一味を叩き潰す作戦に おいでになると、そこらじゅうの酒場で言いふらしてきたぜ──ヒック!」
 豪快にげっぷをかまして、そのまま体重を欄干に預ける。
「ご苦労だったアルガス。その様子からして十分な働きぶりのようだな」
「そいつは──ヒッゥ! どうも」
 ディリータは苦笑いを噛みつつ、他の二人に目を向ける。こちらの二人は、アルガスほど酔った様子もない。
 ポポの話では、街なかのある酒場で飲んでいた鍛冶屋の一集団が、ムアンダに対し相当な恨みを募らせていたという。
「中でもボロヴィンという男は、つい最近、自分の妻を例の闘技場で見世物にされた上、大衆の面前で無惨に殺されたそうです。ほかの鍛冶屋たちも、店であげた利益をムアンダ一味に地代として取り上げられているようで、相当に恨みをもっているようでしたよ」
「で、ラムザの旗揚げには食いついたか?」
「それはもう、下街じゅうの鍛冶屋に呼び掛けて、明朝にも決起するそうです」
「そいつは脈ありだな。他には?」
 ラッドからも、以前に一度ムアンダへの反抗に加わったことのある人物に話を通せたと聞き、ディリータは満足げに頷いた。
「よし、ここまで煽っておけば十分だろう」
 ベオルブ家の名を利用し、ムアンダの暴政に虐げられてきたドーター市民の反抗心を実際の暴動に結びつけようという考え──むろんこのアイディアは、ディリータ一人の頭から出てきたもので、ラムザ本人の指示よるものではない。
 家名を勝手に利用された当人はというと、作戦に先んじて親友がこうした根回しを行っていることなど露知らず、ディリータほか数名は、万一の戦闘に備えてポーションなどを買い揃えてくるのだという話を信じきっている。
 ディリータは、このアイディアがラムザの耳に入れば、まず咎められると分かり切った上で、内密に工作活動を行ったまでである。
 結果として、ディリータのこの事前工作は、抗ムアンダ戦線に十分すぎる戦力を加えることとなる。
 翌早朝、礼拝堂の前には、昨晩の話に上がっていた鍛冶屋のボロヴィンを中心とした一団に、「ラムザ・ベオルブ旗揚げ」などという大仰な宣伝文句に釣られた男女が随分と加わり、その時点で五十名を超える勢力となっていた。
「これはいったい……」
 その光景を目にして、一番驚いているのは他ならぬラムザである。
「あんたが、ラムザ・ベオルブさんかい」
 集団の先頭に立っている、がたいのいい中年男が、ラムザの前に進み出る。ラムザは、自分より頭一つ分高いところにある男の顔を見上げながら、こわばった笑みを面に張り付けている。
「そうですが……あなた方は、いったい?」
「おれは鍛冶屋のボロヴィン。ここにいるのは同じギルドの連中で、日頃からムアンダの野郎に一矢報いたいと機を窺ってきた者たちだ。昨晩、いつものように仲間と自棄(やけ)酒飲みをしていたら、あのベオルブ家の御曹司が、ムアンダ相手にひと戦起すと聞いてな。いてもたってもいられなくなったというわけよ」
「そんな話を、いったい誰から聞いたのです」
 言いながら、ラムザは傍らに立っているディリータをジロりと睨みつける。ディリータは知らぬ振りを決め込んで、すっとぼけた表情をしている。
「──んで、戦を起すというのは本当なんだろうな?」
 すでにやる気満々といった態のボロヴィンと他の大勢を見、ラムザはやれやれと深いため息をつく。
「あなた方がどういうつもりでここへ来たのかは存じませんが、いきなり戦などというのは、早まり過ぎではありませんか。まずはムアンダという男と話をして、行いを改めるよう説得する必要が──」
 ラムザの言葉を聞き終わらぬうちに、ボロヴィンは、馬鹿馬鹿しいとばかりに鼻を鳴らし、指先をラムザの鼻先に突きつける。
「説得するだと? フン、話して分かる相手なら苦労はしねえさ。俺たちの受けた仕打ちはなあ、どんな暴力を使ったって、足りねえくらい酷いもんなんだ!」
 血走った眼に涙まで浮かべて抗弁する男の姿は、悲壮というより他ない。ボロヴィンの同志たちの表情にしても、同情だの共感だのという、安直な感情の顕れでは決してない。
「お前さんに分かるか? 金持ちの道楽に、かみさんを嬲り殺しにされた夫の気持ちがっ!」
「…………」
 ボロヴィンは滂沱の涙に肩を震わせ、無念の情を食い縛っている。聞き込みから得られた情報には無い、当事者の熱の籠った陳情であった。
「あなた方の訴えはよく分かりました。しかし、恨みに任せた暴力によって失うものはあっても、得られるものは何もありません。そのことをどうか、忘れないでください」
 そうは宥めてみたものの、一度火のついた人々の復讐心をこの一言で抑えきれるとは到底思えない。
 一行がムアンダのアジトへ向かう道中、ラムザはディリータを追及していた。
「彼らをけしかけたのは君だろう?」
 先頭を行く若い騎士団の後ろに付き従って、ぞろぞろ歩いてゆくボロヴィンら反抗勢力の一団は、出発した時よりもさらに数を増しているようである。
「僕はただ、ベオルブ家の御曹司がムアンダを相手に一戦起こすらしいと吹いて廻っただけさ。彼らは自らの意志で決起したまでで、こちらが協力を仰いだわけじゃない」
 ディリータは何食わぬ顔で言う。
「それをけしかけたというんだ。僕は戦を起こすなんて一言もいっていないぞ」
「じゃあ聞くが、いったい君は、どうやってムアンダの勢力を潰す気でいたんだ? まさか、本当に説得が通じるとでも?」
「やってみなければ分からないじゃないか。それに、もっと穏便にムアンダの身を捕えて、民に裁きを委ねることもできた」
「そう簡単に捕まる相手とも思えないが」
「君はアカデミーで何を学んできたんだ? これでは本当に戦になってしまう!」
「なに、その時はその時さ。多少の痛みを伴うことになっても、彼らに自らの手で自由を勝ち取ってもらおうじゃないか」
 そこへ、二人の後ろで会話を聞いていたアルガスが口を挟む。
「ディリータの言うとおりだな。まったく、"ベオルブ"の名を聞いただけで、これほどの人間が動くんだ……大したもんだよ」
 最後の一言は、どことなく皮肉めいた響きをもっていた。アルガスもまた、改めてベオルブの名の持つ影響力の大きさを実感したものらしい。自身の境遇と比較して、多少卑屈を感じてしまうのも無理ないことではある。
「おい! この集団はいったいなんだっ!」
 出し抜けにそう言って、ラムザたちの前に立ち塞がる一団がある。ちょうど用水路に掛る板橋を渡ろうとしたところであった。
 ラムザが先日見た地図によれば、この板橋を渡った先にムアンダのアジトがある。どうやら、用水路の向こう側は全て一味の縄張りとなっているらしい。
 そのいでたちを見れば、ベイオウーフと一戦を交えた末、エアリスの身を攫っていった者たちに違いない。
「貴様ら……」
「ウルフさん!」
 あの時一方的に打ちのめされた借りを返さんと、剣を抜こうとしたベイオウーフをラムザが制す。さすがにベイオウーフは踏みとどまったが、その目は爛々と燃えている。
「我らはムアンダという人物に会いに行くところです。そこをどいてください」
 ラムザの要請を、先頭に立った男は鼻であしらって、
「お前みたいな小僧がムアンダと会って何を話そうってんだ? 物騒な奴らを大勢連れやがって」
「私は……」
「話すことなんてありゃしねえ! 俺たちは戦をしに行くんだ!!」
 ラムザの返答を遮ってボロヴィンが大声をあげると、それに同調するように、周囲の者たちも口々に喚きだした。こうなると、もはや威嚇しあう獣のの集団に異ならず、人間らしい言語による交渉は望めそうもない。
 罵倒の応酬の末、ついに相手が剣を抜いたのを合図に、ボロヴィン始めとするドーターの民たちは、堰を切ったように立ち塞がる集団に打ちかかっていった。
(こうなっては……)
 ラムザたちも、やむなく剣を抜く。彼らの目前では、すでに大乱闘が始まっている。
「ラムザ、どうする?」
 ディリータが判断を仰ぐ。こうして武力衝突が起ってしまった以上、混乱を鎮めるためには、怒れる民の面前にムアンダを引きずり出すしかない。
「ここを突破し、アジトへ向かう!」
「了解!」
 姿勢を低くして、若い騎士たちは暴動のさなかを突き進んでゆく。
 敵は思いのほか多く、用水路の向こうからも騒ぎを聞きつけたムアンダの一味が数名駆け寄ってくる。
「このっ!」
「!」
 ラムザが、斧を振りかぶってきた戦士の手首をすかさず剣で薙ぎ払う。バランスを崩した戦士は、頭から用水路へ落ちていったが、ラムザは目もくれずに次々と迫りくる剣戟をかわしていく。
 合間に、目にもとまらぬ速さで彼の黄金の髪をかすめるものがある。
「矢に気をつけろっ!」
 周囲の家屋の屋根や窓から、弓兵が弩で狙っているのである。目に見える敵には弓使いたちが対応するも、走りながらではなかなか当たらない。
 物陰に隠れてしばしやり過ごしながら、ラムザは遠距離攻撃可能な弓使いや黒魔道士をこの場に留まらせ、弩を引きつけるよう命じた。そして頃合いを見計らい素早く物陰から飛び出すと、白兵部隊はラムザを先頭に、木造家屋を何層にも積み上げたような形をした建物を指して走ってゆく。
 アジトの建物は、元は貿易商の共同倉庫だったものをムアンダが引き受け、好き勝手に増改築したものである。地上に限らずあちこちに開いた入口の一つから用心深くその内部に踏み込むと、そこは木の丸テーブルと椅子代わりの樽が置かれた食堂のような部屋であった。
「──っ!」
 一瞬、机の陰で人影が動いたのをラムザは見逃さなかった。ラムザが反応するよりも早く、空気を割るような音とともに視界を奪う閃光が放たれたが、雷撃はわずかに外れ、入口の横の壁を少し焦がしただけであった。次の瞬間には、ディリータが机を飛び越えて人影に跳びかかっており、やや揉み合ったあと、彼は相手に馬乗りになってその襟首を押さえつけていた。
「こ、殺さないでくれ……」
 ディリータに組み伏された魔術師らしき風体の男は、情けない呻き声をあげて命乞いした。
「殺しはしない。質問に答えろ」
 ディリータは、あくまで事務的な調子で詰問する。
「ムアンダはどこにいる」
「お、お頭は、今はいねえ」
「いない? アジトにはいないということか」
「そうだ。今朝、さ、闘技場(サークル)に行かれたのよ」
「仲間も一緒か」
「ああ、取り巻き連中はほとんどくっ付いていったよ。いつものことさ」
「間違い無いな?」
 男は何度も頷いてみせる。ディリータは、掴んでいた襟首を掴みあげると、男をその場に無理矢理起たせ、強引に壁に押し付けた。すかさず工術士のリリアンが駆け寄ってきて、男の手足を頑丈な縄できつく縛りあげてしまった。
 男が身動きとれなくなったのを確認してから、ディリータはラムザの方を振り返って、
「……ということだ」
 と、眉を吊り上げてみせた。ラムザの指示を待つまでもなく、次の目標は闘技場ということになる。
 ドーターの下街には、すでにベオルブの御曹司がムアンダのアジトに踏み込んだという噂が広まっているにちがいなく、暴動をこれ以上広げないためにも、一刻も早くムアンダの身柄を確保する必要があった。現にアジトの外では、先ほど始まった乱闘にさらに人数が加わり、手がつけられないほどの激しさとなっていた。
 しかしラムザたちには、今一つ為さねばならぬことがあった。それは他でもない、ムアンダ一味の理不尽な要求に抗い、ベイオウーフの奮闘むなしく奪い去られた、かの花売りの少女エアリスの身の奪還である。
 ラムザがベイオウーフに目配せすると、彼はひとつ頷いてから、手足を縛られ床にうずくまっている男に近寄る。
「おい」
「……?」
「エアリスが……エアリスという少女が先日ここに連れ込まれはずだ」
「エアリス? はて、ここに連れ込まれる女は多いからなあ」
「減らず口をたたくな。栗毛の、十五、六かそこらの目を見張るような美しい娘だ」
「ああ、あの花売りの娘か」
 男は、何か思い出したように顔を上げ、不敵に唇をゆがめる。
「お頭は一目見て気に入ってたみたいだよ。いやあ、俺もおこぼれにあずかりたかったもんだが」
「貴様……」
「へへ、えらい強情な娘でな。──素直に股開いてりゃあんな目に遭わずにすむものを」
「……!」
 人間性を疑うような発言に周囲が息を飲む間に、男の身体は二、三エータばかり吹っ飛んでいた。
「ぐあっ!」
 壁に叩きつけられ、男は思いきり蹴りあげられた痛みにむせかえっている。「ウルフさん、落ち着いてください!」というラムザの声も、おそらく今のベイオウーフの耳には届いていない。
「エアリスは……エアリスはどこにいるっ!」
「闘技場さあ。へへっ、今ごろグールの餌にされてらあ」
「なに……!」
「お頭は嫌がる女を無理矢理犯すのはお好きでねえ。あの娘は、お頭のご不興を買ったのさ」
「下種どもめ」
 エアリスのことに関して、誰よりも重く責任を感じているベイオウーフである。彼は身を翻すと、真っ先にアジトを飛び出していってしまった。
「ウルフさん!」
 ラムザたちも、急いでその後に続いてゆく。
 どの道、目標は闘技場にある。アジトからはさほど離れていないが、そこへ向かう道々にも、自警団(という名のムアンダの私兵)とドーター市民との小競り合いがそこここで演じられていた。石ころやら甕やら鍋やら、さまざまな物が飛び交う下を潜り抜け、しばしば乱闘現場を回避するための迂回を余儀なくされながら、ラムザたちは何とか闘技場に辿りついた。
「牡羊どのが、この中にいるはずだが」
 闘技場の前にも、すでにいくつかの市民の集団がたむろしており、攻め時を窺っているようであった。この状態では、ムアンダとてたやすく逃げられそうもない。たとえうまく逃れ得たとしても、彼のアジトが市民たちに制圧されるのも時間の問題であろう。その証拠に、アジトの方角から黒煙が上がり始めている。
「いくぞっ!」
 ベイオウーフの合図とともに、若い騎士たちは闘技場への突入を開始した。


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