The Zodiac Brave Story
第一章 持たざる者

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18.白雪・下


 アルガスいわく、"白雪"は、五十年戦争をエルムドア侯爵とともに戦い抜き、以来、どこへ行くにも連れて行かれるほど、寵愛されていたチョコボであった。一月前のガリランド訪問の際もお供に加えられ、スウィージの森で襲撃を受けた時に、はぐれたのだという。
「それから一月もの間、森の中で生き抜いていたというわけか」
 ディリータが、感心したようにいった。
「傷を付けてくれるなよ」
 アルガスが、ラムザに向かって言う。
「承知した」
 ラムザは、頼もしげな笑みを浮かべて、弓使いの三人に目で合図を送った。
 ──ヒュンッ!
 と、風を切る音がして、狙い澄まされた三本の矢は、一度に三匹の小鬼(ゴブリン)を仕留めた。
「よし、行けっ!」
 掛け声とともに、剣を抜いたラムザたち白兵部隊が飛び出していく。奇襲をうけて怯みをみせている小鬼どもに反撃の隙を与えず、見習い剣士たちは、鮮やかに小鬼の首や胴を払っていく。
 白雪は、瞬時にラムザたちを味方と判断してか、すぐさま攻勢に転じ、
「クエッ!」
 と一声、反撃の蹴りを小鬼の頭領に見舞っていた。一倍体の大きな頭領も、これにはたまらず吹き飛ばされ、地面の上を毬のように一つ二つ跳ね転ぶはめになった。
「さすがは、侯爵さまの愛鳥だ」
 アルガスが白雪のほうへ駆け寄っていき、怪我がないか確かめる。純白の羽毛のあちこちに枝葉がくっ付いていたり、土埃で汚れていたりはするが、目立った傷はなさそうだ。
 白雪に蹴り飛ばされた小鬼の頭領は、ガバと起き上がると、猪(い)のように上を向いた鼻を荒げて、腰に提げた角笛を口元へもっていった。
 ──ブォォォォォォン……
 角笛の音は、長く尾を曳いて、森に木霊す。
「なんだ!?」
 他の小鬼との闘いに気を取られていたラムザたちは、不意に鳴った音の出処へ注目した。
「仲間を呼んだのか!」
 咄嗟に、イザークが放った一矢が喉元を射抜き、小鬼の頭領は角笛を咥えたまま倒れて、動かなくなった。
「こいつは面倒なことになったぞ」
 目の前の小鬼を勢いよくなぎ倒してから、ディリータが言った。間もなく、周囲の森の中からただならぬ物音が聴こえてくる。
「多いな」
 隊の中でも一番耳のよいカマールが言う。
「どうするんだ、隊長!」
 白雪にくっ付いているアルガスが、ラムザに判断を仰ぐ。
 ラムザは、周囲に意識を集中させていた。
「たぶん、もう囲まれている」
 彼がそう言ったのとほぼ同時に、木立の一角から、先ほど倒された小鬼の頭領と似たような格好をした、やや身体の大きい小鬼が現れた。右手に石斧、左手に大きな岩石のようなものを引きずっている。続けざまに、ざっと見ただけでも三十匹はあろうかという数の小鬼が、あちこちから、わらわらと湧いて出てきた。中には、飼い慣らされたクァールの姿なども見える。
 小鬼どもは、口々に何か罵りながら、手に手に持った得物を打ち鳴らしている。そうすることで、仲間を害した敵に対して、彼らなりの義憤を表しているのらしい。
(どうしたものか……)
 ラムザは、冷静に状況を見極めようとした。かくなる上は一点突破を図るしかないが、そのためにはまず、最適な箇所を突き崩すきっかけが必要であった。
 そして、ふと目を遣った先に、アルガスと白雪の姿があった。
 ──よし、と心に決めてから、
「アルガス!」
 ラムザは大声で呼ばわった。
 アルガスは、隊長からの意外な指名に驚いて、
「な、なんだ?」
「一点突破を図る。先鋒を頼む!」
「俺が!?」
「そうだ! 白雪に乗って、行けっ!」
「しかし……」
「ぐずぐずするなっ! 行けっ!」
 普段のラムザとも思えぬ気迫でこう言われると、
「わ、わかったよ」
 さすがのアルガスも、素直にならざるを得ない。主の愛鳥に傷をつけることに懼れもあったのだろう。
 とはいえ、ひらりと白雪に跨れば、彼も騎上の勇士であった。
「皆っ! 俺に続けっ!」
 気合い十分に、白刃を煌めかせて、一番手薄そうな処へ突っ込んでいく。小鬼どもは、あわててそちらに手を廻すも、"白雪"の猛進撃を前に、あっけなく蹴散らされていく。
 そこへ出来た綻びに向かって、ラムザたちも、突破を試みる。行く手に塞がる小鬼の身体を剣で薙ぎ払いながら、必死に駆けていけば、思いの他あっさりと、全員が囲いを抜けることができた。
 人間が相手ならば、こう簡単にはゆくまいが、兎も角も、若い戦士たちは木々の間を走り続けた。当然、小鬼どもは後から追っかけてくる。小鬼の短弓から放たれた小さい矢がときたま傍をかすめていくが、ろくに狙いを定めていないので、当たる様子もない。
 すると、逃走する一行の頭上を、何かが、ポーンと飛び越えていき、先頭を走るアルガスの前に、それは、ボトッと落ちた。アルガスはかわし損ねて、咄嗟に手綱を引き、白雪を急停止させた。後から付いてきた者たちは、アルガスが立ち止まっているのを見て、何事かと、その場に足を留めた。
 それは、小鬼の頭領が引きずっていた岩石のようなものだった。最初は黒い炭の塊のように見えたそれは、ボンっと爆ぜるようにひとつ黒煙を上げると、にわかに燃え盛る炎を纏ったのだ。そのまま、ふわりと宙に浮かびあがると、真っ赤な炎の面に、それと見て目や口と分かる破(わ)れ目が生じて、その隙間から、黒い炭の部分を覗かせるのだった。
「ボムか」
 ディリータが、目の前に立ちふさがった異形の魔物を見て、その名を口走った。ボムは、古い世紀に人の手によって作り出された、生物兵器だという。それが、今や自律する魔物となって、方々で爆発による被害を出していた。
「下手に刺激するな!」
 ラムザが注意を喚起しつつ様子を窺っていると、ボムは一段と炎の衣を燃え上がらせて、火の粉を撒き散らしながら、猛然と体当たりを仕掛けてきた。
「あぶないっ!」
 見習い騎士たちは、すんでのところでそれを回避する。と、同時に、木の幹に体を思いきりぶつけた反動で、ボムが地面を転がっている隙をみて、
「今だ!」
 とばかりに、再び駆けだした。間もなく態勢を立て直したボムも、再び宙に浮きあがり、追跡を開始する。
「もう少しで吊り橋に出るはずだ。そこまでがんばれ!」
 ラムザがそう言って、皆を励ます。すぐ後ろには、地形の起伏に影響を受けない追跡者が、ぴったりとつけている。どのみち、この厄介な追手を上手く巻く方法を考えねばならなかった。至近距離で自爆でもされたら、ひとたまりもない。
 やっと、前方に吊り橋が見えてくる。高さ十エータはあろうかという渓谷の上に、それは架けられていた。木製で、全長は五十エータほど。幅は、大人二人が並んで歩けるくらいにはあった。
 まずは白雪に乗ったアルガスが、吊り橋を渡りきる。アルガスと白雪が渡る間じゅう、木の吊り橋はいやな軋みを立てていたが、今にも落ちてしまうという気配はなかった。
 続いて、ラムザたちが吊り橋を渡り始める。
 なおも、ボムはしつこく着いてくる。そのまた後ろには、小鬼の軍団が、まだ追いかけてきているはずだった。
 ラムザは、橋を落としてしまおうかとも考えたが、それでは小鬼どもを巻くことはできても、謎の浮力で、宙に漂っているボムを出し抜くことはできない。
(さて、どうするか……)
 と、思案しているところへ、見習い騎士の一人で、フィリップという者が、自分に任せてほしいと言ってきた。フィリップは、黒魔法の心得のある戦士であった。
「黒魔法でうまくやれそうなのか?」
「はい、ポポと協力して、なんとかしてみます」
 ポポというのは、こちらは体術の秘伝を代々受け継いでいる名家の跡取りで、武器に頼らない武術を身につけている者である。
 ラムザはフィリップの申し出を頼りとして、この場を二人に任せることにした。
 橋を渡り終えると、ディリータが、
「どうするつもりだ」
 と訊いてきたが、ラムザは、
「フィリップとポポに任せる」
 とだけ言って、足を止めようとはしない。ディリータが走りながら背後を見やると、その二人が、橋を渡りきったところで、ボムを待ち構えていた。
「二人だけで大丈夫なのか?」
「ああ、僕は信じているよ」
 万が一、二人がボムの排除に失敗した時のことを考え、ラムザたちはできるだけ距離を稼いでおく必要があった。フィリップとポポの足止めが上手くいっているのか、今のところボムが追ってくる様子はない。
 さて、殿(しんがり)を任された二人は──
 まずフィリップが前に一歩進み出、黒松の杖を構える。
「ポポ、いいね」
「おう」
 あらかじめ手筈は整っているらしく、短いやりとりのあと、フィリップは魔法の詠唱を始める。ポポはその後ろで、精神を集中させる。
「岩砕き、骸崩す……」
 ボムは、すでに橋の中ほどに迫っている。さっきよりも、一回り体の大きくなっているように見えるのは、気のせいではない。ボム類の一貫した特性として、ある程度の大きさに達すると、周囲のものを巻き込んで大爆発を起こす。それを知らぬフィリップでもあるまいが、詠唱の詞を聞けば、明らかに炎(ファイア)系のものである。氷(ブリザド)や水(ウォータ)系ならば、ボムの纏う炎を弱める効果も期待できようが、炎をもってこれに当たれば、結果は推して知るべしである。この至近で自爆されたら、二人とも爆発から逃れることはできない。
 彼岸には小鬼の軍団が続々と集まってきていて、我先に吊り橋を渡ろうと押し合い圧し合いしている。途中で群れに加わったものもあるらしく、黒い集団はさらに膨れあがっていた。
 ボムは二人の目前で、体当たりを仕掛けようとするものか、ボンボンと弾みをつけている。
 ――そして、
 グワッと跳びかかってきたところへ、
「赤き炎となれ! ファイア!」
 フィリップの突き出した杖先から、紅蓮の炎がほとばしる。
 もとより炎の弾丸と化しているボムに対しては、薪(たきぎ)に松明を放るがごとく。全く効き目がないどころか、いよいよ炎の衣は厚みを増し、口と見える破れ目が無益な抵抗を嘲笑うかのように両側へ引き裂ける。
(きた……!)
 フィリップは、ギリギリのタイミングで脇へさっと避けた。思ったとおり、ボムは膨張の臨界点に達しても直ぐには爆発せず、数秒間は点滅を繰り返している。
 彼の背後に控えていたポポは、この時を待っていたとばかりに、重心を下半身に沈め、両脇を閉めて、深く息を吸い込み、
 ――破ッ!!
 気合いとともに、渾身の横上段蹴りをボムの黒い破れ目部分に叩き込んだ。
 慣性と抗力との、刹那のせめぎ合いは、やがて大きな反発力となって、明滅するボムの体を中空高く吹き飛ばした。
 それが弧を描きながら、彼岸から此岸へ、渓谷の上空を越えてくるさまを、小鬼どもは呆然と見上げていた。そして、彼らが凄惨な結末を予感した時には、すでにボムの体は集団のど真ん中に着弾し、最期の閃光を発しいていた。


 地を震わすような轟音が背後にしたところで、ラムザたちは同時に走ってきた方角を振り返った。
「しくじったか?」
 ディリータが食いしばった歯の間からこう漏らすと、ラムザは息を切らしながら、
「いや……」
 今しがた上がり出した黒煙を見つめる目は、二人の無事を確信しているようだった。
 しばらくすると、ガサガサと草むらを掻き分ける音がして、そこから、フィリップとポポの顔が覗いた。
「やってくれたか!」
 ラムザが真っ先に駆け寄り、アカデミーの級友たちは、喚声をあげて殿の二人を迎えた。
「ポポが決めてくれました。もう追ってくることはないはずです」
 フィリップがそう言うと、
「なんの、フィリップくんの知識のおかげです」
 ポポはあくまで譲って、フィリップの機転を褒めた。
 魔獣学に精通しているフィリップは、知っていたのである。旧世紀において、ボムが兵器として活用されていた時代は、わざとこれを火中に投じて、点滅し始めたところを敵陣に投擲するという戦法が、しばしば採られていたということを。そして、ボム類の、この兵器としての特質が、ほとんどが野生化した今でも個体に残されているということを。
 さらには、ボムの自爆攻撃がある程度は時限式であり、点滅を開始してから爆発するまでのおおよその時間までも、彼は心得ていた。
 殿二人の英雄的なまでの扱いを遠目に見て、白雪から降りたアルガスは、不満げに眉をしかめていた。
(どいつもこいつも……血路を開いたのは、この俺じゃないか)
 それが、ラムザに指示されての行動であったことや、彼自身というよりは、名鳥白雪の武威に頼るところ大であったことなどは、棚に上げているらしく。
 遡れば、ことの発端であったはずの白雪はというと、彼女は我関せずとでもいうふうに、薄桃色の嘴を地面に突っ込んで、蚯蚓(みみず)を引っ張り出すのに余念がない。
「もとはといえば」
 いつの間にやら、ディリータが白雪の横に立っており、その白く柔らかい羽毛を撫でつけている。
「こいつを助けようって、ラムザが言いだしたんだけどな」
「ああ、おかげで、危ない目にあった」
 アルガスは腕組みして、そばの木の幹に寄りかかる。ディリータは小首を傾げて、
「侯爵さまの愛鳥を助けなくてもよかったのか?」
「いや、それは……」
「侯爵さまをお救いするんだろう? 幸先いいじゃないか」
「なんとでも言えるさ」
 そうは言ってみても、白雪がたくましくも生き延びていたという事実は、この上ない吉兆であると──そう思えなくもないアルガスであった。
 ただその心情を、人前で──なんとなく、鼻もちならない存在であるディリータの前ではなおのこと──素直に表出できないのが、アルガスという人間の性質であった。
 ドーターへの行程は、皮肉にもこの逃走劇のおかげで、一段と早まる結果となった。当初は森の中で一夜を明かす予定であったが、完全に危険が去ったわけでもなし、足を速めれば日没前には森を抜けられるものとして、ラムザは引き続き隊を率いていった。
 ようやく、枝道がもとの街道に合流したところで。アルガスは、おそらく出発以来初めて、自らラムザの横に並び、言葉を交わした。
「感謝する」
 アルガスから、ぶっきらぼうにこう謝辞を述べられると、ラムザは返答に迷った。
「ええと……一隊を率いる者としては、軽率な判断だったかなと、反省しているところなんだけど。みんなを 危ない目に遭わせてしまったし」
「いや、普通なら、無視していてもいいところだ。お前たちが協力してくれなかったら、白雪は小鬼どもの晩飯にされていた」
「あの様子では、君一人でも助け出すつもりだったんだろう?」
「当然だ。侯爵さまが、心底大事にしておられたチョコボだからな」
「だよね。どのみち、あの事態は避けられなかったようだ」
「まあな。でも、いい肩慣らしにはなったさ」
「そう言ってもらえるとありがたいよ」
 二人は、どこかぎこちなくも、笑みを交わした。
 道中、白雪はアルガスの手に牽かれていった。鞍には、逃走中に足をくじいてしまったという、見習い騎士の一人で、ローラという者が乗っていた。
「すごい、ふかふかね! このチョコボ」
 騎上では、ローラが白雪の首に抱きつき、顔を埋めている。
「私、チョコボの臭いってどうも苦手なんだけど、このチョコボは、なんだかいい匂いな気がするわ」
「侯爵さまが愛をこめて、御自ら飼育してこられたからな。そこいらの野チョコボなどとは、わけが違う。血統も、純粋な白羽種だ」
 アルガスが、我が事のように物語る。
「本来ならば、お前のような者が跨るなど、許されぬところだ。気高き白雪姫に振り落とされないだけでも、ありがたく思えよ」
「はいはい。まあ、ほんとにいい子ね!」
 ローラは、アルガスの言うことなどまるで意に介さず、絹のようにしとやかな羽毛に頬を擦りつけている。当の白雪は、まんざらでもない体で、嘴をツンと上に向けていた。


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