The Zodiac Brave Story
第一章 持たざる者

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13.将軍直命


 宵の口に差しかかったイグーロス城下でも、昼間の賑わいの衰えないのがここルマール商業区である。
 殊に中央広場は、連日お祭りのような活況をみせている。
 管弦楽隊の即興演奏は止むところを知らず、若い男女が番いになって踊りまわる様子があちこちで見られる。それを囲んで、麦酒や葡萄酒の注(つ)がれたマグを手に手に持ち、酔った市民が大声で囃し立てる。
 隙間無く立ち並ぶ露店をちょっと覗けば、色とりどりの野菜や果物、肉の燻製、妖しげな香料にいかがわしい装飾品の数々。どれもこれも、べつだん大した品ではないだろうが、それでも、黄昏時に浮き立つ夜店の店先に並ぶと、どういうわけか、こういう品々でさえ煌びやかに映えて見えるのだから不思議なものである。
 ディリータもいま、数ある飾り物屋のなかでも、賑わっている広場の中心からは一歩外れて、ひっそりと品物を広げている露店の前に立っていた。
 べつに彼自身は、身飾りなどに興味はないのである。
 先刻、アルマとティータを連れて城下の修道院を訪れたとき、そこの修道女のエリザが、ティータに誕生祝いの贈り物をした。それは修道院の所蔵する貴重な書物で、幼いころから学問好きなティータの性分をよく知る司祭の好意によって、特別に譲り受けたものであった。
 で、兄たるディリータはというと、妹の誕生日のことをすっかり失念していた。親友のアルマからはとっくに贈り物がされていたようで、彼はその場で遅ればせに祝いの言葉を述べ、贈り物を準備できなかったことを素直に詫びた。
「べつにいいのよ兄さん」
 ティータはそう言ったが、兄たる身としては、この上ない恥に思えるのであった。
「ほんとうに……ほんとうに、すまなかった」
 そう何度も繰り返しながら、多少値は張っても、今年は良いものを買ってやろうと心に決めたのである。
 何がいいだろうかとあれこれ考えて、年頃の娘にはやっぱり何か身を飾るものが必要だろうと、露店をあちこち歩き回ったがあげく、ふと目にした品が気になって、この店の前に足を止めたのである。
「これはいくら?」
 ディリータは、絨毯の上にこまごまと並べられているアクセサリのひとつを指差して、店主に値段を訊いた。
「…………」
 店主は、ぼろきれのように擦り切れた灰色の外套をはおり、フードを目深に被って、黙然と座している。それだけ見ても、客寄せに愛想を振りまいている他の店のあきんどとは、明らかに様子がちがっていた。
 並べられている商品も、市井の女が好んで身につけるようなキラキラした飾り物はひとつも無く、どれも古代の呪術でも掛けられていそうな、禍々しい雰囲気を醸し出している物ばかりなのである。
 そんな品々の中でディリータの眼を惹いたのは、ひとつの首飾りであった。
 その首飾りだけが、骨董品店のような品揃えの中にあって一際浮いていたというのもある。
 銀製の首掛け部分の真ん中に、小指の先ほどの宝石が付いており──それが何という石なのかはディリータには分からなかったが──ただ、彼はその海のように深い青色が、格別に美しいと思ったのである。小洒落た意匠などは無いが、この控えめな美しさが、何より妹に似合うに違いないと、彼はそう確信した。
 そして、財布の中身などは深く考えずに値段を訊いたのだが、
「五千ギル」
 といった店主の応えに、ディリータは思わず「うっ……」と声を洩らしてしまった。小銭袋の口を開けてみるまでもなく、今の彼には手の届かない値である。
「もう少し安くできないのか?」
「…………」
「……無理か」
 店主が応えないのを、ディリータはそう受け取った。
 肩を落として、なお名残惜しげにその場でもたついていると、
「あれ、兄さん?」
 背後で声がしたので、振り返ると、ティータであった。アルマも一緒である。
「やぱっり。姿が見えないと思ったら……」
「ん、ああ」
 ディリータは、落ちつきなく眼をきょろきょろさせる。
「何を見てるの?」
「いや、ちょっと……」
「あら」
 二人して、身飾り屋の前にしゃがみこむ。ディリータは髪を撫でつけながら、何気ないふうを装っている。
「ディリータって、こういう趣味があったの?」
 アルマが、棘々しい飾り付けのされた売り物の一つをつまみあげながら、しげしげとそれを眺めている。
「意外ね」
「べつに、ちょっと見ていただけさ」
「ふうん……」
 悪戯げに笑みをこぼしながら、アルマは品物をもとあったところに戻す。賢しい少女の瞳には、何か含んだものがみえる。一方のティータはというと、こちらは黙って、瞳は一点を見つめていた。
「ティータ、何か気に入ったのがあった?」
「これ……」
「え?」
 ティータが指差したのは、ディリータが今しがた値を訊いた、まさにその首飾りであった。
「これ、きれいだなって思って」
「まあ、ほんとに」
 首飾りに付けられた蒼い宝石が、何か見えざる力に反応したかのように、妖しく煌めいて見えた。その光が、魔女の瞳のようにも思えて、ディリータはうすら寒いものを感じた。
「もう日も暮れたし、ぼちぼち帰ろうか」
 ディリータは、二人の背に向けていった。
「そうね。ティータ、帰りましょ」
「うん」
 二人は立ち上がると、もう歩きだしているディリータの横に並んだ。
 宵の街の喧騒が、路地の先の明るいほうから漏れてくる。石畳の路面に落とされた三人の影法師が、長く引き伸ばされて揺れている。
「何も買わなかったのか?」
 ディリータが、二人の荷物の増えていないのに気づいて言った。アルマは手ぶらだが、ティータは両手に修道院でもらった分厚い書物を大事そうに抱えている。
「ラム肉の串焼きをティータと分けて食べたわ」
 アルマが、にこやかに答えた。
「それがティータったら、もう一本食べようっていってきかなかったのよ」
「アルマ!」
 ティータが、頬を赤らめて、アルマを肘で小突く。
「余計なこと言わなくていいの!」
「だって、本当に食べたそうだったじゃない」
「それは……おいしかったもの」
「ははは、ティータは普段そんなものは食べないからなあ」
「そしたらディリータ、いつの間にかいなくなっちゃうんだもの」
「いやあ、すまんすまん」
 ディリータとしては、妹に気取られずに誕生日の贈り物を手に入れようと考えていたのである。首飾りには手が届かなかったが、それには見切りをつけることにして、あとでもっと手頃な品を探すことにした。
「…………」
 でもどういうわけか、あの首飾りのことが、彼の頭から容易に離れないのであった。
 美しい首飾りを身につけて、少し大人びた妹の姿が幻のように、ふわふわと彼の額に浮かんでいるのであった。
 なんとなく後ろ髪引かれるような思いで、来た道をちらと見やるも、先ほどの露店商の姿はとっくに建物の陰に隠れていた。
 そんなわけで、彼は前方から足早に近づいてきた人影をとっさに避けることができなかった。
 ──あっ、
 前を向いたときには、すでに肩と肩がぶつかりあっていた。
「失礼」
「……?」
 すれ違いざまに目に入った横顔に、ディリータは見覚えがあった。
「あ、おまえは」
「あれ?」
 先方も、ディリータの顔を見て立ち止まっていた。
「アルガス……サダルファスか?」
「ディリータ・ハイラル?」
 アルマとティータが、急に立ち止まったディリータのほうを振り返って、
「お友達かしら?」
 と、アルマが訊いた。
「護送任務の途中で一緒になってな。ランベリーの見習い騎士だ」
「まあ、そんなに遠くから」
 ディリータに紹介されると、アルガスは無愛想を緩めもせずに、アルマとティータに向かって軽く会釈した。
「アルガス・サダルファスだ。そちらは……」
 アルマとティータは、ちょっと顔を見合せたが、ディリータが二人の返辞を引き受けて、
「こっちは僕の妹のティータだ」
 紹介されると、ティータが、片ほうの手でスカートの端をつまんで、チョンと軽くひざを折る。
「で、こちらのお嬢さんが、アルマ・ベオルブ嬢。北天騎士団を率いる、ベオルブ家の御息女だ」
 アルマもティータと同じように淑女の挨拶をすると、アルガスはあからさまに怯みをみせた。
「え、では君も、ベオルブ家の?」
「ええ、そうですけど。ハイラル兄妹だって、ベオルブ家の一族よ?」
 アルマは、大多数の人間がみせるこういった反応に慣れているのか、しらとして受け答える。
「一族?」
 釈然としない様子で、アルガスがディリータにいう。
「まあ、なんだ。昔、色々あってな」
「下人とかではなく?」
「失礼な方ね!」
 アルマが、憤然とアルガスの前に進み出る。
「ディリータもティータも、私の兄妹よ!」
「いいんだアルマ。名門ベオルブの一族などとは、そんなに容易くかたれるもんじゃない。アルガスがそう思うのも無理ないさ」
 ディリータは、ことハイラル兄妹の身分のこととなると、弁護に熱くなりがちなアルマを抑えて言った。
 こういう傾向は、アルマの兄、ラムザにもしばしば表れるのである。士官アカデミーなどで級友たちと喧嘩沙汰になりそうになると、そのたび、彼は友をなだめる必要があった。同時に、ベオルブ家の養子とはいえ、一平民にすぎぬ我が身をここまで気にかけてくれるアルマとラムザに、心から感謝してもいた。
「詳しい事情は知らないが……失礼を言ったようならお詫びする」
 可憐な少女にあるまじき剣幕に少々気圧されながらも、アルガスは素直に非礼を詫びた。
「おれは君たちの兄上に命を救われたんだ」
「え、ということは、ラムザ兄さんとも会ったの?」
「ああ。兄君には何度か見舞にも来ていただいた」
 アルガスはやっと、表情をほんの少し弛めた。
「怪我の具合はもういいのか?」
 ディリータが訊くと、アルガスはぐるぐると肩を回しながら、
「おかげさまで、この通りだ」
「それは結構だが……今日はまたどうして、そんな格好で?」
「北天騎士団の本営に行ってきたところだ。捜索部隊に加えてもらおうと思ってな」
 言ってから、ディリータが、さっと表情を硬くしたのを見て、アルガスは「あっ」と不味い顔をした。
 エルムドア侯爵誘拐事件は、まだ公にはされていないのである。領民の不安を煽らぬためでもあるが、大方は、北天騎士団に対する不信を増長させぬためであった。ようは、彼らの面子である。
 それでも、耳賢いアルマは不審に眉を潜めたが、深く詮索するようなまねはしなかった。まだ幼くとも、彼女は武門の家の子としての分をしっかりとわきまえていた。
「じゃあ、おれはこれで失礼するよ。機会があれば、またどこかでな」
 そう言うと、アルガスはそそくさとその場から立ち去ってしまった。
 彼の背が見えなくなってから、
「行きましょ」
 と、アルマは何事もなかったかのように再び歩き始める。
 まもなく、三人はルマールの街区を抜けて、ベオルブ家の館へ続く上り坂に差し掛かった。
(思っていたよりも忠義に厚い男のようだ)
 ディリータは、アルガスという人間の一面を垣間見た気がした。
 今日ばったり出会うまで、とうに故郷のランベリーに帰ってしまったものと、勝手に思い込んでいたディリータなのである。
 護送任務の道中、手負いのアルガスから事情を聴いたとき、彼がラムザの家柄に目の色を変えたのをディリータは見逃してはいなかった。
「主人思いではあるが、程度のしれた男」
 これが、正直な第一印象であった。
 他所の土地から来た見習い騎士など、この期に及んではあまりに無力。ベオルブ家という強力な伝(つて)にすがろうとするのは無理からぬことではあるが――
 いちおう侯爵誘拐事件の現場に居合わせた生証人として、イグーロスに到着してから一通りの尋問を受けたようだが、本人が気絶していたというからには、これといって有力な情報は引き出せなかったのであろう、その後の彼の音沙汰はとんと耳にしていなかったのである。
 風説の流布を防ぐため、北天騎士団に身柄を拘束されていてもおかしくないものだが、事件の噂が広まるのも時間の問題であろうし、騎士団にしても、他領の見習い騎士ごときにそこまで手を回す余裕も無かったのであろう。
「――へえ、大したもんじゃないか」
 翌日、ディリータがアルガスに会ったことを話すと、ラムザは感心したようにそう応えた。
「見舞に行ったというじゃないか」
「ああ、兄上と喧嘩する前に何度か――ねっ!」
 言うなり、訓練用の棒剣を握った利き手が素早く下段の突きを繰り出す。
 ディリータはそれを器用に受け流しながら、淀みない足運びで元の間合いをとる。
 謹慎中に体が鈍るのを防ぐため、ラムザは毎朝の鍛錬を怠らなかった。本日非番のディリータは、こうして友の稽古に付き合わされているのである。
「どうしてまた?」
「どうしてといっても……」
 ディリータが踏み込むと同時に、こんどは正面からまっすぐ降り下ろす。ラムザは、さっと受けの構えをとる。
 カン、と小気味よい音をたてて、二人の棒剣が交わる。
「心配だったからさ」
「あ、そう」
 ディリータが、呆れたように嘆息し、ぐいと相手を引き離す。
 ラムザという人間には、おそらく打算というものがない。彼の行動原理は、何時もきわめて純粋であった。
「ダイスダーグ殿に会わせてくれってせがまれたけどね……それは出来ないって言ったんだ」
「仕方ないさ」
「弟の僕だって、執務中には会わせてもらえないんだから。あの日だって、秘書官の目を盗んで忍び込んだくらいだし。でも、冷静に立場をわきまえて自分にできることをやろうとした彼はすごいと思うよ」
「頭に血が昇って謹慎をくらった誰かさんとはえらい違いだな」
「はいはい」
 ラムザは首を振って、棒剣の構えを解いてしまった。
「もういいのか?」
「十分だよ。喋りながらやっても意味ないし」
「あ、そう」
「…………」
 棒剣を放り出すと、二人は並んで庭の隅の木陰に腰をおろした。二羽の雲雀(ひばり)が、無邪気に囀りながら二人の頭上を飛び回っている。
「ティータには何か買ってあげたの? 誕生日はとっくに過ぎたよね?」
「いや、まだ」
「だらしのない兄貴だなあ」
「うるさい」
 皮肉を言い返せたのに満足して、ラムザは仰向けに脚を投げ出した。
「捜索部隊、か……僕らにも何かできないかな」
「政(まつりごと)が絡んでいるからな……見習い騎士なんぞが関わらせてもらえるとは思えないな」
「そうか、そうだよなあ」
 二人の座っている場所からは、館の裏側と、召使いが主に用いる勝手口が見える。
 今しがた、その木戸を押して、日ごろ館に出入りしている顔馴染みの商人が、食材を載せた荷車を引いて敷地内入ってくるのが見えた。厨房の煙突からは、朝餉(あさげ)の支度の煙がもうすでに立ち昇っていた。
「ぼちぼち朝食の時間だな」
 ディリータが、その白い炊煙を遠目に見ながら言った。
「そうだね……あれ?」
 ラムザの視線の先では、先ほどの商人が、ちょうど館のほうから歩いてきた人物に向かって、低く頭(こうべ)を垂れて挨拶をしているのであった。その人物は、片手を挙げて快活にその礼に応えていた。
「毎朝ご苦労!」というようなことを言ったのであろうその声は、ザルバッグ・ベオルブのものに違いなかった。
「兄上、散歩かな?」
 ザルバッグは、そのまま大股で裏庭を横切って、二人のいる方へ歩み寄ってきた。
「朝から精の出ることだな!」
 広い庭に、彼の声はよく響く。
「おはようございます。兄上」
「館からお前らが稽古をしているのが見えたのでな。もう止めてしまったのか?」
「いや、その、そろそろ朝食かなと思って」
「今商人が来たばかりだ。もう少し間があろう」
 ザルバッグは、二人が放置していた棒剣を拾い上げると、くるりと回して先端をラムザの方へ向け、
「どれ、久々に私が稽古をつけてやろう」
 と、言い出した。
「えっ、よろしいのですか?」
「もうじきアカデミーも卒業だろう? どれだけ腕を上げたのか見てやるから、二人ともこっちへ来い」
「は、はいっ!」
 思いがけず北天騎士団総帥と手合わせすることとなり、二人は嬉しさ半分、恐ろしさに身もすくむ思いで、ザルバッグのもとに駆け寄った。
「二人同時に相手してやりたいところだが……あいにく剣は二本しかないからな。ほれラムザ、お前からだ」
 ラムザが棒剣を拾い上げると、ザルバッグは、きっ、と鬼の目を剥いた。戯れの試合とはいえ、決して手を抜かないのがこの男の信条である。
「よろしくお願いします」
「うむ。どっからでもかかってきたまえ」
 刹那の睨み合いの後、「やあっ!」と掛け声一番、躍りかかかったラムザの剣戟(けんげき)は、疾風に巻かれたように、あっけなく弾き返された。
「どうしたっ! もう一本っ!」
 ラムザは二の腕の痺れを押さえながら両手に持ち変えると、大きく息を吸い込み、
「はっ!」
 と、吐き出した勢いで、低めの構えから二撃目を繰り出す。
「おうっ!」
 今度は、二合、三合と撃ち合うも、やはり太刀筋を見切ったザルバッグの方が、あっという間にラムザを死に体にもっていってしまう。
「まあ、こんなものか」
 全身にみなぎる気を抜くようにして、ふう、と一息ついてから、ザルバッグは剣を下ろした。あっという間の出来事であったが、ラムザのほうは額に汗し、息を切らしていた。
「ま、参りました」
「筋はなかなかよろしい。あとは地力(パワー)をつけることだな」
「……はい」
 ラムザは肩を落として、ディリータに棒剣を手渡した。
「よろしくお願いします」
 次はディリータが構える。
「よし、来い」
 ザルバッグの剣が、再び気を纏う。
 ラムザに比べると、ディリータの型はやや大振りだが、一撃一撃には力があった。
 それでも、所詮はザルバッグ・ベオルブの相手ではなかった。力を以ては、そのさらに上の力でねじ伏せられる。
「……畏れ入りました」
 数合撃ち合ったのち、ディリータの棒剣は真っ二つに叩き折られてしまった。
「ディリータはちと力みすぎだ。だが、剣にはこのくらい殺気があってもよい」
「……は」
「ははは、二人ともしばらく手合わせせぬうちにずいぶんと腕を上げたな」
「お恥ずかしいかぎりです」
「なに、このまま鍛練を怠らねば、いずれよい働きができよう。柔と剛、この上なき組み合わせだ。伝説の双剣、ファールシスとビローもかくありなん――だがいかんせん、二人ともまだ血を知らぬ剣と見える。本当の命の駆け引きにおいては、稽古ごとなど役にたたぬものだ」
 言いながら、ザルバッグは持っていた棒剣をラムザに手渡す。木の棒切れが、鉄の剣のように熱を帯びているように感じるのは、気のせいではあるまい。
「剣に魂を奪われぬこと。常に理を以て刃を制すこと。狂気に囚われた剣は無用な殺生をはたらくばかりでなく、使い手の命を奪うこととなる」
「父上の教えでありますね」
「そうだ。父の教え――それすなわちベオルブの教えだ。心せよ」
「はっ!」
 ラムザとディリータは背筋を伸ばして敬礼した。ザルバッグは、期待の篭った目で若い二人の顔を交互に見やりながら、
「こんなに活のいい剣を錆び付かせておくのはもったいないな。どうだ、北天騎士団のためにひと働きしてみる気はないか?」
「えっ、それは……」
 意表を突かれたように、ラムザが目を丸くする。
「城の警護など退屈であろう? 謹慎などではなおさら」
「骸旅団殲滅作戦に加えていただけるのでしょうか?」
 ディリータが黒い瞳を輝かせる。
「と、言いたいところではあるが、見習い騎士を戦場に送らねばならぬほどには、我らもまだ困窮してはいない。貴様らにやってほしいのは、そうだな……情報収集だ」
「情報収集、でありますか」
「うむ。こういう仕事は、子どもにやらせると思わぬ成果を生み出すものだ。何人も、子ども相手には気を許してしまうものだからな」
 先ほどまでの鬼のごとき気迫はどこへやら、ザルバッグは無邪気な笑みを浮かべている。若い二人は、北天騎士団総帥直々の命令ということに心踊らせる反面、緊張で顔面を強張らせていた。
「二人だけで行かせるつもりはない。イグーロスにいるアカデミーの面々と……あと一人、ランベリーから来たという見習い騎士も一緒に行かせよう。先日、北天騎士団の本営に現れて、侯爵の捜索部隊に加えてほしいと申してきた者だが──ラムザ、お前とは顔見知りだと言っていたが?」
「はい、アルガス・サダルファスという者でしょうか」
「たしか、そういう名であったな。諜報部が尋問をしたそうなのだが、私のもとへは報告が来ていなかったようだ――よもや、侯爵の近習の者が生きているとは思いもしなかった。年少ながら忠義厚き者としてマルコムからも是非にと言われている。捜索部隊に入れてやることはできないが、お前たちと行動を共にすれば、侯爵をお救いするのに有力な手掛かりが得られぬとも限らない。歳も近かろうし、協力して任務に当たってくれ」
「承知いたしました」
「ラムザの謹慎処分については、ただちに解除していただくよう私から兄上に申し上げておこう。次に活動地域についてだが──」
 近頃、骸旅団と見られる不逞の輩の動きが活発化しているのは、
 一つ、貿易都市ドーター周辺域
 一つ、王領ルザリアとの領界
 定かではないが、ドーターでは骸旅団の首領ウィーグラフの目撃情報がもたらされている。また、ルザリアとの領境にあるハドムという宿場町では、ウィーグラフの実妹と称する人物の消息が確認されており、こちらは敵の内通者からの情報とされているから、より確かなものであった。この両者が合流を果たすようなことがあれば、再び反抗勢力の増長を招く恐れがある。
「部隊長はラムザ・ベオルブ、副長はディリータ・ハイラル、任務開始は三日後とする。報告は、アラグアイ方面に展開する第八遊撃隊に随時行うように。やり方は一切任せるが、北天騎士団の一員たることを自覚したうえで任務に当たれ。以上だ」


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