The Zodiac Brave Story
第一章 持たざる者

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3.牧人の村



 ──天騎士バルバネス死す。
 との訃報が畏国全土を駆け巡ったのは、夏もいよいよ盛りと見える、巨蟹の月は六日のことであった。
 これでまた一人、畏国は五十年戦争の英雄を失ったことになる。わけても、バルバネス・ベオルブは一代の英傑として、民草にもっとも慕われた将ではなかったかと、貴賤を問わず誰の胸にも思い出される。慣例に従うならば、死後に贈られるべき「天騎士」の称号を生前に賜った者も、後にも先にもバルバネス将軍だけであった。
 なんにせよ、幾多の合戦で圧倒的な勝利を収め、泥沼化した戦争を終結に導き、その生涯を戦と民の平安に捧げた勇者の最期にしては、その死は実に穏やかなものであった。葬儀は内々に、しめやかに執り行われ、棺はベオルブ家代々の墓に納められた。
 家長となったダイスダーグは、定めどおりに伝家の宝剣レオハルトを受け継ぎ──もっとも、これが表向きの家督継承にすぎぬことは、世間の想像の及ばぬところであるが──これを以て正式にベオルブ家の後継となったことを国王に奏上した。
 その後、もともと政治家肌であるダイスダーグは、そのままイグーロス執政官の役職に留まり、北天騎士団総帥の座は、新たに聖騎士に奉ぜられた次兄ザルバッグが引き継ぐこととなった。
 巨星墜つとも、武門の棟梁ベオルブの名は、依然盤石に見えた。
 ──その一方で、今や国家の疲弊は頂点に達していた。
 北天騎士団による大規模掃討作戦で一時はなりを潜めていた骸旅団も、近頃では次第にその勢力を盛り返し、畏国各地で比較的規模の大きい反乱が散発するようになっていた。彼らは、もっともらしい文句を並べ立てて貧困に喘ぐ民を扇動し、中にはおおっぴらに王室に対する叛意を掲げるものもあった。
 しかし、そういった混乱のほとんどは、およそ大義も名分も無い無秩序な略奪と暴力の繰り返しであり、神にすがるほかない多くの弱者は、いつ果てるとも知れぬ不安と恐怖に脅える日々を、ただ連綿と明日へ繋いでいた。
 殺人・暴行などは日常茶飯事、押し寄せる治安悪化の波は、地方に留まらず、法と権力の庇護下にあるはずの大都市にも、次第に及び始めていた。
 ──そしてこの地、魔法都市ガリランドとて、その例外ではなかった。
 ガリランドは、イヴァリース半島の南部を走るサドランダ街道の、ちょうど中間部に位置する城塞都市である。
 外縁に堅固な城壁を巡らした市街地と、城壁の外の一段低くなった土地に無秩序に拡がるスラム街から成る都市構造は、他の主要都市と較べてみても大して変わりばえしないものであるが、このガリランドだけは、なぜか"魔法都市"と、昔から呼び習わされていた。
 魔法都市といえばガリランド、ガリランドといえば魔法都市、というほどである。
 その名の云われは様々に考えられるが、ひとつに、千年の昔に魔族の支配からこの街を解放した初代都督サガリアス・ガリランドに始まり、現在その席にあるマットパス・バラフォム卿に至るまで、都督の任に就いた者は例外なく有能な魔術士であったこと(ふつう都督や領主を務めるのは、その土地の有力貴族か武家である)、もうひとつには、五十年戦争の英雄・魔道士エリディブスを輩出したことで知られる王立魔法学院を筆頭に、白魔法、黒魔法、召喚魔法、妖術、風水術など、幅広い分野の魔術を教授する学校が数多く門を開いており、魔術を志す者が畏国じゅうから集まってくることなどが、その主たるものであろう。
 ともあれ、その学園都市的気風からして、長らく暴動・略奪などとは無縁の土地であったガリランドにも、大戦後のスラム拡大に伴い、そういったものの影がちらほら見られるようになっていた。
 現状を憂慮した現都督バラフォム卿は、老朽化した城壁の修繕と警護の強化を命じ、スラムと市街区の間の行き来を制限することで、なんとか上界の治安を維持しようとした。
 そうした対処が功をなしてか、市街区内に限っては、今のところ大した問題も起きていなかった。


 その日の早朝、ガリランド都督府の門前には、市場の商人たちが殺到していた。
 マットパス・バラフォム卿は、急を知らせる政務官の大声で目を覚ました。
「何事だ、こんな朝早くに」
 肥えた半身をベッドの上に起こし、愛用の鼻眼鏡を手探りしながら、バラフォム卿は唸った。
「学会まではまだ間があろうが」
「これでございますか? 都督」
 若い政務官は、サイドボードに置いてある鼻眼鏡をバラフォム卿に手渡した。
「おお、すまん、これだ……よし。で、何が起こったのだ?」
「それが……」
 政務官は、今朝の騒動について語り始めた。
 商人たちが口々に訴えるのは、「キャラバン隊が定刻になっても到着する様子がない」ということであった。
 キャラバン隊の大部分は問屋商人であり、毎朝近隣の漁港や農村などから、都市部に新鮮な品物を送り届けることになっている。
 が、普段ならもうとっくに着いていてもおかしくない時刻になっても、今日に限っては荷車ひとつ現れない、というのだ。
 もっとも、近頃になって盗賊匪賊の類が増えてきてからは、無傷でキャラバン隊が到着するということのほうが、むしろ珍しいくらいなのだが、さすがに荷車ひとつたどり着かないのはおかしいと、不審に思った商人たちが城門の衛兵に事情を聴けば、
「昨晩遅くから、街道沿いの村落付近に骸旅団と思しき輩が出没している」
 とのことであった。
 で、さっそく調査隊を派遣してもらうべく、商人たちはそろって都督府まで訴え出に来たわけである。
「品物が届かなければ商売ができない、というのです」
「そりゃ……そうだろうな」
「いかがいたしましょう」
「とりあえず原因を探らねばなるまい。今すぐ動ける手勢はあるのか?」
「アルマルクとかいう者が率いる北天騎士団の一隊が、昨日より兵舎に詰めておりますが」
「数は?」
「五十騎ほどかと。イグーロスのザルバッグ将軍の遣(よこ)した治安維持部隊だそうで」
「まあ、よかろう。その、アルマルクなるものを呼んで参れ」
「承知いたしました」
 政務官が足早に出ていくのを見届けてから、バラフォム卿はのろのろと床を抜け出し、身支度を始めた。寝室の窓から外の正門を見やると、なるほど、数十名はあるかと思われる商人の一団が、門や柵にへばりついて、何事か喚いている。すると、先ほどの若い政務官が庭先に出てきて、商人たちに対応しだした。
 そんな様子をぼんやり眺めつつ、支度を済ませたバラフォム卿は、大欠伸ひとつ、階下へと降りていった。
 いつもよりだいぶ早い朝食を終え、食後の豆茶(ソイ・ティー)を喫しているところに、若い政務官が大柄な黒髪の男を引連れて入ってきた。
「あ、お食事中でしたか」
「かまわん、もう済んだ。で、そこにおるのが……」
「アルマルクであります」
 黒髪の男が名乗った。不精髭を生やし、生々しい傷痕の残る面構えなどを見ても、いかにも歴戦の兵(つわもの)といった風体である。
「うむ。朝早くに呼び出してすまなんだな。で、アルマルクよ。さっそくだが、君の率いる部隊に、街道の偵察任務に就いてもらいたい」
「と申しますと、今朝のキャラバン隊の一件で?」
「お、聞いておるなら話は早い。いかにも、その一件で朝っぱらから商人(あきんど)どもが騒いでの。ひとっ走り行って様子を見て来てはくれぬか?」
「は、かしこまりました」
「ついでに骸旅団のネズミを二、三匹ひっとらえてくれば、やつらもつべこべ言うまいて」
 ぐいとひといきに豆茶を飲み干して、バラフォム卿は満足げに笑みを浮かべた。
「以上だ。頼んだぞ」


 兵舎に戻ると、アルマルクはこの辺りに土地勘のあるもの数人を選り抜き、自身それらを率いてガリランドの城門を出た。
 街道を少し行ったところで、右手に小高い丘が見えてくる。アルマルクはチョコボの首をそちらに向けると、一気に丘の頂に登り詰めた。
 その場で小手をかざすと、街道はずっと東へと伸びていって、やがて黒々としたスウィージの森に達している。街道から北のほうに視線を反らしていくと、ここから三クェータ(一クェータは約一、六キロメートル)あまり離れた谷あいに、一群の人家がある。
「あれに見えるのは?」
 アルマルクは傍らの部下に訊いた。
「は。たしか、この一帯で牧(まき)を営むものたちの部落であったかと」
「ふむ……」
 谷間を囲む草地に、ぽつりぽつりとゴマ粒のような家畜の影が見える。
 村落へは、街道から枝分かれた細い小道が一本、うねうねと続いていた。
 アルマルクは、部下の中でもいちばん年若と見える騎士を此方へ呼び寄せて、
「あの部落へ行って、何か変わった様子がないか探ってこい」
 と、命じた。
 半時あまりすると、若い騎士は戻ってきて、偵察の結果を報告した。
 ──その騎士の所見によれば。
 村は平穏そのものにみえたが、よく見ると其処此所に怪しげな騎士や魔道士らしき者の姿があり、用心深く谷間の外を窺っているさまからして、どうもその村の者とも思えないという。
「ううむ……」
 アルマルクは眉根を寄せた。彼の眸は、じっと彼方の村落を見据えている。
 彼自身、キャラバン隊の大行列は幾度となく目にしている。
 総勢およそ三百人、荷駄を負う力自慢の茶羽チョコボと、それを引く人夫、隊を野盗や魔物から守る傭兵などが延々、列をなして街道を練り歩くのである。
 ──その大行列が骸旅団に襲われたのだとしたら?
 当然、何かしらの痕跡はあってしかるべきである。しかもキャラバン隊は無防備ではない。地方の大富豪が資産にものをいわせて雇った精鋭が、油断なく荷駄を護っているのである。骸旅団が荷を奪おうとしたなら、彼らとの戦闘は絶対に避けられない。
 そして、今。
 彼の見える限りでは、そうした異変の痕は見られない。
(どこかで足止めを喰らっているのでは?)
 アルマルクの熟練した状況判断能力を持ちだすまでもなく、そう考えるのが自然である。
 一方で、先ほどの物見の報告も無視できない。なにしろ、神出鬼没の骸旅団である。本当に何の痕跡も残さずに、荷駄を奪っていったということも考えられなくはない。それに、彼ら治安維持部隊の任務は本来、骸旅団の検挙にある。とりあえず、かの村落に骸旅団の影が見えた以上は、これを見過ごすわけにもいかない。
 アルマルクは先ほどの物見役に、今度は街道を東に、コロナス河の岸辺に至るまで偵察を続けろと命じた。
「街道およびその周辺に、何か異変のあった痕跡を見つけたらたらすぐに知らせろ。その他の者は、これより一旦ガリランドへと引き返し、兵を増員したのち、かの牧人の集落の捜索に当たることとする」
 やがて、物見を言いつかった騎士は街道を東へ、アルマルク以下は西へとチョコボの首を向けて駆けていった。

 ガリランドに帰りつくと、アルマルクは五十騎二隊を編成し、例の村落へ向かった。
 都督府が五十騎ほどと見積もっていた北天騎士団治安維持部隊の兵数は、実際のところ百騎以上はあった。
 この部隊は都督府直轄ではないから、政務官でも正確な数を把握していなかったようである。
 ともかく、これほどの大部隊がガリランドに駐留するのは、過去にないことであった。
 その全騎を率いての大捜索である。
 日ごろ、城門の衛兵や市中の警備兵くらいしか見たことのないガリランド市民の目には、物々しく武装した騎士の群れが街のど真ん中をものすごい勢いで突っ切っていくその光景は、さぞかし異様に映ったことであろう。
「いったい何の騒ぎだ?」
「どこぞで戦でも始まるのかい?」
 彼らも気が気ではない。
 当の商人たちも、予想以上に大規模な動きに度肝を抜かされていた。
「骸旅団はそんなに大勢現れたのか?」
「これじゃあ、品物も無事では済まないだろうなあ」
 などと、口々に囁きあっている。
 ──これこそ、世に"平和ボケ"というやつであろうか。
 今や、暗澹たる情勢下にあるイヴァリースにも、中には安穏と「自分たちは守られている」という甘い考えに浸って、実際その身に事が及ぶまで、自分が素っ裸でいることに気づかない者もいる。
 ましてガリランドは、前の大戦でも戦禍を免れている。その上、市街区の封鎖政策も相まって、彼らの多くは足下に広がるスラムの惨状に対してさえも、知らぬ存ぜぬを決め込んでいた。
 そんなガリランド市民を尻目に、アルマルク率いる兵(つわもの)どもは、早くも城門を飛び出して、莽莽たる草原を疾駆していた。
 ──骸旅団の徹底殲滅。
 これこそが、北天騎士団新総帥ザルバッグ・ベオルブの掲げた一大方針であり、各主要都市に派遣された治安維持部隊にも、
「その影あらば逃すべからじ」
 との通達が行き渡っていた。
 はたして谷あいの一村落は、蟻の一匹も逃すまいと徹底的に包囲され、アルマルクを頭に、騎士は続々と村の敷地内に侵入してくる。
 牧原の民はただ呆然と、突如として現れた大勢の客人を前に声も出せずにいた。
 その中から、村の長とみえる老人がアルマルクの跨がる軍用チョコボの前に進み出て、
「あの……あなたがたは?」
 と、恐る恐る訊ねた。
「お前がここの長か?」
 アルマルクはチョコボの上から老人に訊いた。
「はい、左様でございますが」
「我等は北天騎士団治安維持部隊である。今朝がた、ガリランドに向かう途上のキャラバン隊が、その消息を絶ったという話は聞いているか?」
「いえ、そのようなことは何も」
「ならば、骸旅団らしき者どもの姿がこの辺りで目撃されているのだが」
 今度は、事の成り行きをじっと見守っていた村人たちに質問が飛んだ。
「誰か知る者はおらんのか?」
 ──が、誰も応えない。
 人々の表情は皆一様にこわばり、周囲を見回すアルマルクの視線を避けるように、目を逸らすばかりである。
(ム、何かあるな?)
 アルマルクの勘が、機敏に違和感を感じ取った。彼の目は、今や鋭く周囲の村人たちの上に注がれていた。
「我等は、骸旅団の賊どもがキャラバン隊を襲撃したものと見ている。キャラバンは相当の大所帯であるというが、その荷がひとつ残らず奪い去られたのだとしたら、奴等はまだそう遠くへは逃れられずにいるはずだ」
 彼の追及はなおも続く。
「ちょうどこの辺りの集落などは、大量の荷を一時的に隠しておくのにはちょうどよいところと見えるが?」
「わしらが賊を匿っていると?」
 村長が憤慨した様子で問いかける。
「そんなことは言ってない。我々はただ、ここの住民が賊に脅されて、仕方なく村を隠れ場所に利用させているのではと、そう考えているのだ」
「…………」
 村長は顔を伏せて押し黙ってしまった。
(妙だな)
 と、アルマルクは顎を擦る。
 彼らが脅されているのなら、直ぐにでも賊の身柄を譲り渡してもよいはずである。ここの住民が賊を庇ったところで、彼らには何の益もないのだ。
(ほんとうに何もないというのか?)
 しかし偵察によれば、確かにこの村で、怪しい騎士や魔道士といった者の姿が認められているのだ。それに、ここで引き下がっては、都督への面目も立たないし、だいいち、わざわざ百騎もの大部隊を引っ提げてきて、仰々しくこんなちっぽけな村を囲んでおきながら、やっぱり何もなかったでは済まされない。
「もう良い。念のため、村の中を調べさせてもらうぞ」
 アルマルクが部下に目配せすると、強制捜査は直ちに開始された。


 彼の心配を他所に、半時もしないうちに騎士らしい男がひとり、引き連れられてきた。そのあとも次々と、騎士だの魔道士だのといった身形をした者どもが、民家の屋根裏や地下倉庫などから見出だされ、終いにはその数二十余名に及んだ。
 その中には、深緑色のマントやローブに、骸旅団の結束の証たる兜をかぶった髑髏の印章をあしらったものを身につけている者もいた。
「やはり骸旅団の仕業か」
 アルマルクは髑髏の印章を見ていった。
「なぜ庇いだてした?」
「それは……」
 アルマルクの詰問に、村長は困惑して答えに窮していた。自らの意志で賊を匿ったのなら、それを罪に問われても不思議ではない。
「深手を負った者がおりましたので……見捨てるのも酷と思い、手当てをしたまでにございます」
「なに?」
 みると、たしかに相当な深手とみえる傷を負った者もいる。負傷者の額や腕には清潔な布が巻かれており、懇ろに手当がなされてある。
(どうも、この者たちがキャラバンを襲ったものとみて間違いなさそうだが……?)
 アルマルクは、賊の傷を見ながら考えた。負傷者がいるのも、キャラバンを護っていた守備部隊との間に、小競り合いがあったからに違いない。
「まあよい。お前たちの行いを咎めはすまい」
 結果として、今回の捜索は十分な成果をあげたといえる。アルマルクも、村人たちの純粋な親切心まで罪に問おうとは思わなかった。
 ──あとは奪われた荷を取り戻すのみ。
 骸旅団の構成員は数珠つなぎにされ、はや観念した様子で処置を待っている。
 が、その中に一人、従然(しょうぜん)と胡坐をかいている者がある。
「おい、お前」
「…………」
 アルマルクがその者の目の前で呼びかけても、男は眉ひとつ動かさない。
「名は?」
「レッド。レッド・アルジール」
「お前が頭か?」
「そうだ」
「奪った荷をどこへやった?」
「そんなものは知らん」 
「しらをきるつもりか。今朝がた問屋商人のキャラバン隊を襲撃して荷を奪ったのは、お前たちであろうが」
「全く身に覚えがない」
(こやつ……)
 アルマルクは腰に佩いた長剣をすらりと抜き放つと、その切っ先をレッドの鼻先に向けた。
「手荒な真似はしたくない。荷をどこへやったか。言え」
「…………」
 剣を向けられてもなお、レッドは全く動じない。それどころか、余裕綽綽たるその態度は、むしろアルマルクを圧倒しているようでもある。
「この村をひっくり返そうが掘り起こそうが、無いものは無い」
 レッドは、差し向けられた剣の刃よりも鋭い双眼でアルマルクの顔を見返して、言った。
「たしかに我らは、巷に骸旅団と呼ばれているものに違いないが、今ここにいる者たちは誰ひとりとして、あなたのいう追い剥ぎには加担していない。そのことは誰よりも、ここの牧人(まきうど)たちがよく知っているはずだ」
 レッドの眸に揺らぎはない。
(どうなのだ)
 抜き払った剣はそのままに、アルマルクは横目で村長に訴えた。
「……は。彼のいうことに間違いは無いかと」
 やや躊躇の色を見せながらも、村長はアルマルクの視線に応えていった。
「彼らがこの村に助けを求めに来たのは、三日前のことでございます。それ以来、彼らはひたすら警戒した様子で、今日までじっと身を潜めておりましたから」
「三日前だと?」
 アルマルクは無心にその険しい顔を村長のほうへむけた。村長はその表情にたじろぎつつも、さらに言葉を続けた。
「はい。三日前の早朝でした。盗賊を匿うべきではないと言う者も当然おりましたが、わたくしの一存にて、怪我人の面倒だけでも看ようと決めたのでございます。はじめのうちは、わたくしどもも用心しておりましたが、彼らは略奪することも、村人に暴力をふるうこともありませんでしたし、それどころか、われわれの手当てに対しては礼を以て応え、昨日などは、牧の家畜を狙ってきたクァールの群れを彼らに追い払っていただきました。それに今朝とて、村を出た者はありませんでしたし、まして略奪した大量の荷なども見た覚えはございません」
 そこまで言って、村長は固唾を呑んで心配げな目をレッドのほうへ向けた。
 アルマルクは、再びレッドの方に視線を戻した。目下に縛められている騎士は、尚もその綽然たる態度を崩していない。彼は、刃の先にある男の顔をしばらく鶚視(がくし)していたが、やがておもむろにその切っ先を下ろすと、長剣を元の鞘に収めて、
「荷がほんとうに隠されていないか、もう一度調べろ」
 と一言、部下の騎士に指示した。
 で早速、村の至るところで土が掘り返され、倉の中身が掻き回されたが、一向に奪った荷らしいものが出てくる様子はない。
 そしてついに、
「懸命に捜索しましたが、それらしいものはどこにも……」
 と、捜索班も音をあげてきた。そんな様をみて、レッドは口元に薄ら笑いすら浮かべている。
「わかった。もういい」
 アルマルクは深く溜め息をついて、荷物捜査を打ち切った。
 どちらにせよ、ここに繋がれている者共は国家認定の過激派集団である。犯罪の証拠が挙がらなかったとはいえ、今後どんな火種になるとも知れない連中をここで野放しにして置くわけにはいかなかった。
「貴様らが追い剥ぎに加担していないというのは確かなようだ。が、身柄はこのままガリランドに送還し、都督閣下の検断を仰がねばならん」
「わかっている」
 レッド以下、骸旅団の者たちに抵抗の意思は見られない。
 アルマルクが命ずると、すぐさま北天騎士団の騎士たちが駆け寄ってきて、骸旅団の構成員を村の囲の外まで引っ立てていった。 
 アルマルクは踵を返して、軍用チョコボの上にひらりと跨ると、
「騒ぎだてしてすまなかったな。今後骸旅団の輩を見かけたら、ただちに北天騎士団に知らせるように」
 と、村長を見下ろしていった。
「彼らはどうなるのです?」
 村長は、騎上のアルマルクに問うた。盗賊の輩にも、牧人たちの温情は移るものらしい。連行されていく骸旅団の騎士を見送る村人たちの眼にも、どことなく憐みに近いものがあった。
「処断は都督どのが下される。彼らが追い剥ぎの下手人でないことは、いちおう私から都督どのに申し上げるが……骸旅団に対する処罰は近頃容赦なきものとなってきている。市民の面前での公開処刑となるもやむをえまい」
「そんな……」
 アルマルク自身、北天騎士団の骸旅団に対する弾圧は、近頃行き過ぎているように思えなくもなかった。
 が、そんな情け心が胸に芽生えたところで、どうこうできる彼の立場でもなかった。
 青ざめる村長の顔を眼の隅に残しながら、アルマルクはチョコボの横頸を叩いた。
(いったいどうなっている? 荷は? キャラバンはどこへ消えたのだ?)
 彼は、納得のゆかない顛末に首を捻っていた。
(やはり、街道のどこかで足止めをくらっているとしか……)
「ん?」
 その時、アルマルクを乗せたチョコボの足下をととと、と駆けていく小さい影を捉えて、彼は咄嗟に手綱を引いた。顧みると、この村の子供らしい少年が、虜囚の列の先頭を曳かれていくレッドに近づき、何事か囁いている。
「おい、そこの坊主!」
 騎士のひとりが少年に気づいて引き離そうとしたが、少年は素早くその腕をかいくぐると、次の瞬間にはもう村の中に消えていた。
「なんだあれは」
 騎士がレッドに訊くと、
「世話になった家の子供だ」
 と、レッドは平然と答えた。騎士はアルマルクの方を見て判断を仰いだが、アルマルクは首を横に振っただけで、すぐ前に向きなおった。
 谷間を抜けて街道の枝道に入ると、村を囲んでいた騎士たちも続々と一行に合流した。
「村を抜け出した者は?」
 アルマルクは、包囲作戦の指揮に当たらせた者に訊いた。
「ありませんでした」
「そうか。ご苦労だったな」
「お、これはまた、ずいぶんな数を挙げられましたな」
「うむ。が、キャラバンの荷は取り戻せなかった」
「……? こやつらの仕業ではなかったのでありますか?」
「ああ。どうやら、レアノール殲滅戦で落ち延びたものたちらしい」
 そこで、ふと見た西の空に眼を留めて、アルマルクはチョコボの歩みを止めた。街道の先、ガリランドの方角である。
「隊長っ! あれを!」
 他にも異変に気づいたらしい騎士たちが、西の空を指差している。
「ああ。私にも見えている」
 一筋の煙であった。それもただの煙ではない。北天騎士団の間で用いられている、緊急を知らせる赤い狼煙であった。


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